磯部涼×中矢俊一郎「時事オト通信」第3回(後編)

J−POPの歌詞は本当に劣化したのか? 磯部涼×中矢俊一郎が新たな価値を問う

磯部「現代においてすべての表現は“ラップを通過したもの”という形でしかあり得ない」

中矢:なるほど。ところで、『新しい音楽とことば』では、いわゆる“ラッパー”には取材をしていないんですよね。磯部さんのファンはちょっと不思議に思ったかもしれませんが、同じ版元から日本語ラップの“歌詞”に焦点を当てたインタヴュー集『ラップのことば』(2010年)と続編『ラップのことば2』(14年)が過去に刊行されていたという事情があり……。

 それはともあれ、今回の本の中でもラップの話題は度々出てきていて、例えば、JAZZ DOMMUNISTERSで同ジャンルにアプローチしている菊地成孔さんは、「ポップスとラップは言葉の数が一番の違い」「ポップスにおける歌のフローや音程がラッパーのライムと同じくらいの細やかさで動いていくと」「(歌詞も)ある種のネクスト・レベルになると思うんです」と語ってくれました。実際、USでは、ドレイク以降、ラップと歌の間を行き来するようなフロウが流行っているわけですが、菊地さんに言わせるとドレイクは「メロディが素朴」「僕が言っているのはそういうことではなくて、ラップのフローをトレースして、打点を全部譜面に起こして、そこに音程をつけて歌っていくということ」。そういう意味では、「ヤング・サグはいいですよね。ジャズのスキャットに近い。ラップしながらメロディを生成していく」点に可能性を見ていると。日本でもそろそろ似たようなアプローチをするラッパーが登場するのかもしれませんし、そういった動きの中から従来とは異なる構造の歌詞が出現してくる可能性は確かにあると思います。

磯部:この前、岡田利規(チェルフィッチュ)の新作パフォーマンス「ポストラップ」を観に行ったのね(2014年12月23日、東京都現代美術館)。それは、岡田さんが、SOCCERBOYというラッパーがラップしているところに振り付けをするというもので、“ラップを越えるもの”みたいなニュアンスを感じさせるタイトルや、告知にあった「ありがちなラッパーのからだの動きを更新すべく…」って一文にちょっとカチンときて、「お手並み拝見」ぐらいの気持ちで足を運んだんだ。だって、わざわざそんなことやってもらわなくても、ラップ・ミュージックでは、日々、音も動きも更新されているし、世界的に見れば今や同ジャンルこそが文化全般を引っぱっているわけだし、SOCCERBOYこそが日本におけるそのカッティング・エッジなわけだからね。果たして、「ポストラップ」は、振り付けが大した効果を発揮しているとも思えず、「SOCCERBOYのラップはやっぱりすげぇなぁ」という感想しか浮かばなかった。ただ、タイトルの“ポスト・ラップ”を、“ラップを越えるもの”ではなく、“ラップを通過したもの”と捉えるならば、現代においてすべての表現はそういう形でしかあり得ないということを再確認させてくれる機会ではあったかなと。

 例えば、現在のポップ・ミュージックを代表するスター=テイラー・スウィフトの近作にしても、ループ感のあるバックトラックや、ライミングを意識したヴォーカルはポスト・ラップ的だとも言えるんじゃないかな。もちろん、後者は、彼女の出自であるカントリーの要素でもある。また、プライヴェートやパブリックイメージとフィクションが交差する歌詞は、前編でも話題に出た、シンガーソングライターの楽曲における私小説性という古典的な問題を内包している。ただ、それらの手法は、近年、他でもないラップ・ミュージックが発展させてきたものだし、テイラーは絶対その辺りも踏まえていると思う。そういう意味では、日本だと、『新しい音楽とことば』にも参加してもらった大森靖子はポスト・ラップ的な表現をしている人だと言えるんじゃないかな。最近は、J-POPでもライミングをするのが当たり前になってきたけど、意味ではなく韻律に偏ったナンセンスなものになりがちで、それに比べて、大森さんの「ノスタルジックJ-POP」ではライミングならではの文学性が表現されている。

 ただ、日本ではストレートなラップの面白さが世間一般でなかなか理解されないという状況があって、その対策としてドレイクなんかとは別の文脈から、歌とラップの中間のようなフロウが開発され、FUNKY MONKEY BABYSみたいなガラパゴスなポスト・ラップ・グループが人気を得たものの、もともとは、ハードコア・ラップ・グループ=MSCと共演していたファンキー加藤も、今や彼の歌からルーツはまったく窺い知れないようになってしまっていて……そんなJ-POPにおいて、コマーシャリズムとポスト・ラップ的な歌詞の面白さを両立させているのが、例えば湘南乃風なんじゃないかな。もちろん、彼らのルーツはダンスホール・レゲエだけど、同ジャンルはヒップホップとは密接な関係にあるので、湘南乃風もポストラップ・グループと言ってもあながち外れてはいないと思うんだよね。

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