西廣智一が“伸び盛りシンガー”の可能性を分析

片平里菜は“ギタ女”枠を抜け出した 半年ぶり新作で提示するアーティストとしての成長

 先のワンマンツアーで先行披露された「煙たい」は、好きな相手に対して「右手でタバコを吸うなら、せめて空いたほうの手で私を愛してほしい」と女心をぶつけるラブソング。彼女の代表曲でもある「女の子は泣かない」にも通ずる世界観だが、ここではより大人びた表現で独自の詞世界が展開されている。楽曲的にもどことなくブルージーな色合いが強まっているほか、語り口調の節回しなど、これまでの彼女の楽曲とはひと味違った魅力が散りばめられている。現時点ではCD音源はまだ聴けていないが、ライブでの反響も大きかったこの曲がレコーディングを経てどう進化するのか楽しみなところだ。

 そしてもう1曲、すでに先行配信がスタートしている「誰もが」はTOKYO FM「SCHOOL OF LOCK!」とロッテ「TOPPO」のコラボレーションによる受験生応援プロジェクト「Toppa(突破)」の公式応援ソングとして書き下ろされたミディアムナンバー。ボーカル1つを取っても、過去の作品とは比べものにならないほどの余裕が感じられる歌声を味わうことができる。アレンジの壮大さからも「amazing sky」までの楽曲とは異なる方向性が見受けられ、いい意味で“オルタナティブロックからの脱却”が感じられる。とはいえ彼女がこのシングルで方向転換した、オルタナロックテイストを捨てたということでは決してない。「amazing sky」という決定打的な1枚を通じて片平里菜の歌声が今のメジャーシーンでほかの何ものにも代え難い“オルタナティブな存在”であることを印象付けた結果、どんなにど真ん中な楽曲を狙おうともJ-POPシーンの中で埋もれることなく戦っていけるのだ。この「誰もが」という楽曲は、それを証明するにうってつけの1曲と言える。

 また歌詞に目を向けても、興味深いポイントが挙げられる。受験生や未来の目標に向かって日々を過ごす人たちに向けて歌われたこの曲は、ある意味ではメジャーデビュー曲「夏の夜」のアンサーソングと解釈することもできるのではないだろうか。夜に1人、自分には何ができるのかと不安を抱えていた18歳の自身を詞につづった「夏の夜」から数年を経て、片平は「誰もが」で「今はまだ未来から 試されている」と歌いながらも深夜にがんばる仲間に向けて「あの子も今がんばってるかな?」とエールを送る。これまでは自分の視点で展開される物語に「ああ、そうだよね」と聴き手が共感する楽曲が中心だったが、ここでは外の世界を知った語り部が聴き手の背中を押そうとしている。それはまるで、将来に悩んだ10代の自分に向けて歌うかのように……もちろんこの解釈について、彼女自身に話を聞いたわけではなく、これは勝手な妄想に過ぎない。しかしそう解釈することで、彼女が第2章のプロローグにこの曲を選んだことに大きな意味があるのではと思えてくるのだ。

 シンガーとして、アーティストとして、そして1人の人間として、新たな一歩を踏み出すにふさわしいシングル「誰もが / 煙たい」。その全貌が明らかになるまではもうちょっと時間がかかりそうだが、ただ1つ言い切れるのは、2015年の片平里菜からは今年以上に目が離せそうにないということだ。そして第2のデビューシングルと言えるこの新作をもってギタ女枠から一気に飛び抜け、2010年代後半を代表する女性アーティストの仲間入りを果たす……そんな未来すら想像に難しくない。

■西廣智一(にしびろともかず) Twitter
音楽系ライター。2006年よりライターとしての活動を開始し、「ナタリー」の立ち上げに参加する。2014年12月からフリーランスとなり、WEBや雑誌でインタビューやコラム、ディスクレビューを執筆。乃木坂46からオジー・オズボーンまで、インタビューしたアーティストは多岐にわたる。

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