栗本斉の「温故知新 聴き倒しの旅」

レオタード姿で80年代を駆け抜けた実力派シンガー 麻倉未稀の『Hip City』を聴く

 そんな勢いに乗ろうとしていた頃の1983年に発表した4枚目のアルバム『Hip City』。再発盤のCDのトレイにも、ちゃっかりと真っ赤なレオタード姿を披露しております。おまけに「フィジカル レディー」なんていうディスコ・タッチのナンバーが入っているので、当時オリビア・ニュートン・ジョンに影響されていたのは確か。しかし、このアルバムはなんというか、とてもオシャレな感じで作られているのですよ。彼女の十八番である熱唱シャウトは控えめで、しっとりとした歌い方がメインのシティ・ポップスに仕上がっているのです。ラテン・フレイヴァー漂うソフトなリゾート・サウンドが心地いい「トロピカーナ パラダイス」、カッティング・ギターとシンセの音色が涼しげなメロウ・グルーヴ「Forum」、少しオールディーズな雰囲気もあるキャンディ・ポップ・チューン「Love Trip」、地中海風のアンニュイな世界観をエレポップ・テイストにまとめた「マジカル サマー」、シャンソンっぽいワルツのリズムがヨーロッパへ連れて行ってくれる「Someday」など、スタイリッシュな雰囲気がポイントでしょう。

 本作でサウンドの核を担っているのは、清水信之。キーボード奏者としては竹内まりや、EPO、稲垣潤一、南佳孝といったシンガーのサポートを得意とし、マルチ・ミュージシャンということもあってシティポップス系のアレンジャーとしても名を挙げました。このアルバムでは、彼が手がけた楽曲はもちろんですが、それ以外にも大貫妙子や加藤和彦といったソングライターを起用。村上“ポンタ”秀一、青山徹、ペッカーといった名うてのセッション・ミュージシャンにサポートさせているのも、大人っぽい世界を演出している要素です。加えて、麻倉未稀自身が全曲の作詞を手がけ、トータル・イメージをしっかりと作り上げているのもお見事。

 楽曲とサウンドが一体となったアダルトな和製AORの世界は、彼女のヒット・ナンバーとはイメージが違うかもしれません。でも、レオタードが似合う熱唱歌手というだけではない、振り幅を持った実力派シンガーであることが本作から感じられるはず。そういった意味においても、この『Hip City』は彼女のキャリアにおいて非常に重要な意味を持つアルバムなのだと思います。

■栗本 斉
旅&音楽ライターとして活躍するかたわら、選曲家やDJ、ビルボードライブのブッキング・プランナーとしても活躍。著書に『アルゼンチン音楽手帖』(DU BOOKS)、共著に『Light Mellow 和モノ Special -more 160 item-』(ラトルズ)がある。

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