二階堂和美が最新作『ジブリと私とかぐや姫』を語る(後編)

「狂気みたいなものはずっとついて回る」僧侶となった二階堂和美が“宅録時代”を振り返る

喋ったり書いたりしてることを素直に歌詞にすればいい

――以前、歌詞を作るのは苦手だっておっしゃってましたよね。

二階堂:(笑)今でも苦手です! でも『にじみ』を作った時にちょっと吹っ切れて。苦手だと思ってたころって、自分から出てくる言葉なんてほんと、たかが知れていると思ってたんです。気の利いた言葉が出てくるでもなく、ただ日記の延長みたいな歌詞しか書けない。そういう劣等感がずっとあって。そういうつまんない自分を隠しておきたくて、あまり歌詞を書かなかったんです。でも『にじみ』を出すときに、カッコ悪いと思われても全然いいやって思えたんですね。身の丈にあった詞しか書けないし。生活そのものが、地元でおじちゃんおばちゃんと暮らして、なんか集まりがあると歌えって言われて仕方なく歌って、という(笑)、自分の生活そのものが、そういう<普通>のところにあるので。ならそこで出てくる言葉を書くのが自分の役割でもあると思うんです。かっこいいものを作る人はほかにいっぱいいるから(笑)。

――そういう<最先端>に向かないと自覚し始めたのっていつごろですか。

二階堂:イルリメ君と作ったアルバム(『二階堂和美のアルバム』(2006年。プロデューサーのイルリメが全作詞を担当)なんかも、自分からは絶対出てきそうにない言葉だと思ったし、たとえば<にかさや>(テニスコーツのさやとの共演作。2009年。2005年にも、にかスープ&さやソース名義で出している)の時のさやさんの書く突拍子もない歌詞も、私からは全然出てこないもの。一緒に歌詞作ってても、全然すりあわないんですよ。ニカちゃんたまには書いてよ、って言われて書くんですけど、採用されなかったりとか(笑)。比べてみると、すごく自分の詞が俗っぽいというか人間臭いのがわかる。彼女から出てくるのが、すごくファンタジックな……恐ろしく違うんですよね。出てくる音楽はそんなに違わないんですけど、言葉を選ぶときに、ほんとにまったく違うところにいて。彼女の言葉のセンスは尊敬してるし好きなんですけど、そういう<よくわからないけど面白い>というのは、ほかの人たちに任せればいいやと。だから私は、どこにでもあるような言葉でいいかなと。だから2005~6年ごろですかね。自覚したのは。なので自分から歌詞を作る気もなくなってたんですけど、ラジオをやったりコラムを書いたりして自分の言葉を出さざるをえなくなって、そのうち、喋ったり書いたりしてることを素直に歌詞にすればいいんじゃないかと思って、『にじみ』を作ったんですね。

――お坊さんとして法話などでお話されることは、そこで活きてますか。

二階堂:まだそんなにお話をする機会はないんですけど、でもそこは一致していたいというのはあるんです。なので歌の歌詞が仏教に寄っていたりというのは結構あると思います。

――そういう現在の二階堂さんと、『また、おとしましたよ』を作っていたころの、ある種狂気を秘めたようなエキセントリックな二階堂さんは、どこかで通じるものがあるんでしょうか。それともまったく違うものなのか。

二階堂:いやいや、やっぱり常に背中合わせで存在してるんですよね。気……今うっかり<気を抜くと出てくる>って言いかけたんですけど(笑)、でもそういうのと常に一緒に生きていると思うんです。それこそが仏教で言われてることでもあるし。そういう狂気みたいなものはずっとついて回ると思うんです。むしろそれは認めていく。今後も、時々そっち寄りの表現が出てくることもあるだろうし。

――宅録時代にやっていたことと今は断絶しているわけではなくて、確実に繋がっている。

二階堂:そうですね。今回改めて<楽しい>と思えたし。

――今回はお題が与えられたからこういう作品になったけど、今後スキがあれば(笑)、以前のような面も出てくるかもしれない。

二階堂:(笑)そうですね!ライヴでも出てくるし、タラ・ジェーンが来年でも来ることになれば、きっとそういうのをまたやるだろうし。でも外からの刺激がなくても、今後もそういうのは出てくると思います――スキあらば(笑)。
(取材・文=小野島大)

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