cluster CEO・加藤直人が語った「メタバースプラットフォームの生存戦略」 “サ終”しないためのBtoBシフトと開発方針
3月31日、メタバースプラットフォーム「Rec Room」がサービス終了を発表した。累計1億5,000万人以上がプレイし、月間数百万のアクティブユーザーを抱えながらも、収益化の壁を越えられなかった。VR黎明期から10年にわたって愛されたプラットフォームの幕引きは、バーチャル空間ビジネスの難しさを改めて業界に突きつけた。
そして、同日の3月31日。メタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスター株式会社が、ユーザー向けの公式配信番組『クラスターステーションDX』を開催、clusterに関する様々な大規模アップデートについてアナウンスした。偶然とはいえ、あまりにタイムリーなタイミングだ。
番組に登壇したのは代表取締役CEOの加藤直人氏と、開発責任者の東峰裕之氏。「clusterのいまとこれから」と題し、会社の現状からビジョンの刷新、開発方針、トライアルのサブスクリプションプランまで約1時間にわたってプレゼンを行った。今回、筆者は配信後に追加で加藤氏と東峰氏へインタビューを行うことができた。番組で発表された内容とあわせて、clusterが描く「メタバースの生存戦略」をお届けする。
“サ終”しないためのBtoBシフトと、「共創空間のOS」という未来
配信冒頭、加藤氏は「去年はすごい大変でしたね。本当にね、お金をちょっと使いすぎた」と率直に切り出した。
一時は250名ほどの社員数を抱えていたクラスターだが、現在は100人ほどの体制に縮小している。SNS上で退職報告が相次いだ時期もあり、ユーザーからは不安の声もあがっていた。だが加藤氏は「今は笑い飛ばせるくらいの状態」であると語り、100人規模でも十分に大きな会社であることを強調。東峰氏も「まだまだいろんなことをやっていく人数で会社を回しているので、心配しないでほしい」とフォローした。
clusterに対しては、VTuberのライブなど「バーチャルイベントの会社」というイメージを持っている読者も多いかもしれない。だが、加藤氏が示したデータはその認識を大きく覆すものだった。
現在のclusterにおける法人向け事業の売上構成比を見ると、エンタメ分野の割合はわずか1割前後にまで減少。代わりに「産業DX」が約6割、「教育」が約3割を占めている。この変化は、2025年に入ってから急速に進んだという。
産業DXとは、建設・製造・物流・不動産などの業界内部で、バーチャル空間を業務に活用する取り組みだ。配信ではカナデビア(旧・日立造船)のゴミ焼却プラントや洋上風力発電所のバーチャル化、長崎造船の船舶建造における3D確認ツールとしての活用事例が紹介された。
「船を作ってる途中をどうやって確認するかというと、模型を打ち合わせのたびに何回も作っては捨てていたんです。でも、VRを被ってバーチャル上で覗けば見れますよね」(加藤氏)
エンタメ系のイベントが外部へ情報を発信するのに対し、産業DXや教育は組織内で運用が完結するため、事業の成果としては目に見えにくい。「SNSに情報が出ないことをやって実は稼いでいる」と加藤氏は苦笑する。
驚くべきはその成長スピードだ。同社の年間売上高は、2026年1〜3月の第1クォーターだけで前年を超えており、加藤氏は「去年はまだ赤字だったが、今年はもうほぼ黒字かなという状態」と明かした。
教育分野の伸びも著しい。中学校から大学までclusterの導入機関数は増加の一途をたどり、教員同士のネットワークで自発的な活用が広がっているという。また、数週間後には教育事業に関する“結構大きい発表”も控えていると予告した。
「Rec Room」の終了発表があったのは配信当日。東峰氏はRec Roomについて「グローバルな大きなサービスで、よくベンチマークにしていた。それでも続けられない事情がある中、僕らなりにサービスをどう長く続けて伸ばせるか考えている」と語った。
加藤氏はさらに踏み込み、自社の経営哲学を明言した。
「clusterの経営において一番大事なのは、“サ終(サービス終了)”しないこと。ユーザーやクリエイターが生活し、モノを作ってくれているサービスがサ終するのは一番の裏切りです」(加藤氏)
その哲学の裏付けが、「BtoBで稼いでプラットフォームに投資する」という基本方針だ。Rec Roomが多額の資金調達を行いながらも黒字化できなかった背景には、UGC(ユーザー生成コンテンツ)のマネタイズにおける構造的な難しさがあった。インタビューで加藤氏は「clusterはBtoBビジネスで稼いで、コンシューマーとしてのプラットフォームに還元していく、発展させていくというのが基本スタイルです」と改めて明言した。
そして今回、clusterはサービスのビジョンを従来の「バーチャル経済圏のインフラを作る」という文言から、「あらゆるヒト、モノ、技術をつなげる共創空間のOSをつくる」へと刷新した。
加藤氏はこの変更について、「clusterがやるべきことはもっと壮大なんじゃないか。空間にこだわりつつ、人や物や技術をつなげる会社なのではないか」という問題意識があったと語る。インタビューではさらに、その言葉の射程の広さが明らかになった。
「『バーチャル経済圏のインフラを作る』というビジョンだと、出てくるプロダクトはバーチャルSNSになってしまう。でも、我々が作りたいのはコンピューティングの未来なんです。それはコミュニティサービスではなく、空間のテクノロジーを軸として、欲しい世界をボタン一個で作れてしまう体験です」(加藤氏)
こうした方針の転換は、無論経営のKPIにも影響する。目指すのは集客や定着率の追求ではなく、「作りたいものをしっかり作れること。そしてBtoBでしっかり使ってもらうこと」だという。
インタビューでAIの積極的な導入について聞いたところ加藤氏は「イエス」と即答。一方で、「AIはクリエイティビティを体験するためのツールとして優秀。ただ、AIが全てのクリエイティビティを代替して人間が創作意欲を失っては面白くない」とも語った。
また加藤氏は、「クリエイティビティのパートナーとしての『共創空間のOS』」という視点についても説明した。共に創る相手は人間に限らない。AIと人間、あるいはAI同士の共創もあり得る。テクノロジーや物がつながり合い、クリエイティブな活動をするためのインターフェースこそが「空間」なのだと加藤氏は語る。その延長線上には、デジタルと物理空間が統合され、AIによって計算・駆動される究極の「フィジカルAI」への展望も垣間見えた。
開発方針の二本柱は「簡単に作れること」×「活用の幅を広げること」
ここまでの話を踏まえて、具体的な手法やサービス内容がどうなっていくか。東峰氏が示した今後の開発方針は「誰でも簡単に空間を作れること」と「空間の活用の幅が広いこと」の二軸だ。
前者については、2022〜23年にリリースされた「ワールドクラフト機能」の改善が中心となる。テンプレート機能の導入、操作性の改善、クラフトメンバーから抜けられる仕組みの整備など、ユーザーから寄せられる「なぜこの機能はないの?」という細かな不満を地道に潰していく方針だ。AI活用も重要な柱で、『Blender』や「Unity」の使い方を覚えなくても空間が作れるような体験を目指すという。
「教育や産業DXの領域で求められているのは『簡単に空間がいじれること』。過度な期待値から幻滅期に入って普及期にある中で、ちゃんと求められてる便利な機能を作りながら、それを便利だと思ってくれる人を増やしていきたいと思っています。単に『バーチャルでVRかぶってコミュニケーションしたい』という人をターゲットにするのではなくシンプルにに便利にするところをしっかりやっていきます」(東峰氏)
後者については、クリエイターキットやclusterスクリプトの拡充が進む。
インタビュー終盤には長期的なプラットフォームの設計思想の転換についても考えを明かしてくれた。
「今まではやれることを絞り、ユーザー体験を簡単にする作り方でした。でも長期的には、クリエイターや開発者がcluster自体を開発できる、欲しい機能を自分で作れるような形に切り分けていこうと思っています」(加藤氏)
外部の開発者が自由に機能を作れる「空間のOS」へと生まれ変わるcluster。そこまで到達すれば、プラットフォームの可能性は指数関数的に広がる。加藤氏が「空間のOS」という言葉を繰り返す背景には、こうしたロードマップがあった。
また、配信では4月中に開始予定の「プレミアムプラン先行トライアル」も発表された。提供される機能は、シリアルコード形式のチケット機能、ワールドの限定公開、スペース人数のキャパシティ設定、イベント・ワールドのプリセットアバター指定の4つだ。加藤氏は、これらの機能については収益目的ではなく、利用できる機能を増やしつつ、利用できるユーザーには一定程度の制限を設けたい考えも明らかにしている。