『Hearthstone』10周年 開発者が語る“デジタルTCGの王道”の歴史と「新しい体験の模索」

 3月11日、Blizzard Entertainmentが開発・運営するデジタルTCG『Hearthstone』がリリースから10周年を迎えた。

 本稿では、記念すべき節目のタイミングに合わせて実施された、複数メディアによる合同インタビューの模様をお届けする。お話を伺ったのは、エグゼクティブプロデューサー&バイスプレジデントのNathan Lyons-Smith氏、リードデザイナーのCora Georgiou氏の2名だ。

 デジタルTCGの王道として歩む10年間には、どのような紆余曲折があったのか。制作において中心的な役割を担ってきた2人に共通していたのは、『Hearthstone』コミュニティに対する愛だった。(結木千尋)

意外なきっかけから『Hearthstone』の制作チームへとジョインした2人

――最初に、お二人の担当領域について教えてください。

Nathan Lyons-Smith(以下、Nathan):私は『Hearthstone』に関連するすべての業務に関わっています。特にマーケティングやパブリッシングなど、ビジネス面に軸を置くことが多いでしょうか。チームのマネジメントやユーザーのエンゲージメントを考えていくことも、私の仕事のひとつですね。

Cora Georgiou(以下、Cora):私はInitial Designチームのメンバーとして、初期デザインを担当しています。主な業務は、拡張版のカードデザインを考えることなどですね。カードのデザインでは、まずコンセプトやキーワードを練り上げ、そこから4か月をかけて最初のデザインを決めていきます。それを形にして最終デザインの担当者に渡すまでが私の役割です。

Nathan Lyons-Smith

――お二人は制作がスタートしたときから、現在の役割で『Hearthstone』に携わってきたのですか?

Nathan:いえ、リリースされた当時、私はただの『Hearthstone』のファンでした。ひょんなことからBattle.netのチームにジョインし、「天下一ヴドゥ祭」(2018年12月実装)がリリースされたころにプロダクションディレクターとして『Hearthstone』の制作に携わるようになりました。責任者のポジションに就いたのは、ほんの数年前のことです。

Cora:10年前に『Hearthstone』がリリースされたとき、私はまだ学生でした。制作チームに加わったのは、2016年に『Hearthstone』のキャスターの募集に合格したことがきっかけです。

 もともと私は幼い頃からカードゲームが大好きで、『Hearthstone』もリリース当時からとても熱心にプレイしていました。その一方で、大学では放送を専攻し、ラジオ局に入社することを目標にしていました。そんなときに出会ったのが『Hearthstone』のキャスターの募集でした。

 プライベートではプレイヤーとして『Hearthstone』を遊び、仕事ではキャスターとして『Hearthstone』の競技シーンに携わる。そのような日々は私にとって、とても幸せなものでした。そのような生活を4年ほど続け、「そろそろ新しいことにも挑戦したい」という気持ちが芽生えてきたころ、当時のディレクターがチームに加わることを薦めてくれました。Nathanと同様に、『Hearthstone』への情熱が現在の活動につながっています。

――好きな拡張版、カードはありますか?

Nathan:私は「ゴブリン vs ノーム」(2014年12月実装)が好きです。当時のメカメイジが楽しく、この拡張版に収録された「スノーチャガー」のカードを使ってレジェンドランクに到達しました。

Cora:1つに絞れないので、2つ挙げさせてください。ひとつは「妖の森ウィッチウッド」(2018年4月実装)、もうひとつは「コボルトと秘宝の迷宮」(2017年12月実装)です。

 「妖の森ウィッチウッド」は、おとぎ話のような世界観が特に気に入っています。いまとなっては悪名高いカードとなってしまいましたが、「月を食らうものバク」と「ゲン・グレイメイン」がeスポーツシーンに与えた影響は凄まじかったです。「魔女ハガサ」のキャラクター性も大好きでした。

 「コボルトと秘宝の迷宮」は、「肉食キューブ」や各ヒーローの小呪文石が印象に残っています。競技シーンが大好きなので、全体を通じて、大会でメタになるようなカードを愛好していますね。

チームの『Hearthstone』への愛が、プレイヤーに10年愛され続ける理由に

Cora Georgiou

――『Hearthstone』が10年愛され続けている理由について、どのように考えていますか?

Cora:オンラインでいつでも誰かと対戦できるというアクセシビリティが魅力になっているのだと思います。私自身、幼いころからTCGを遊んできましたが、当時は弟が唯一の対戦相手でした。大学に入学するころに『Hearthstone』がリリースされ、弟以外の相手と対戦する場合にも、カードショップに通う必要がなくなりました。そのときのワクワクはいまでも鮮明に覚えています。

 10年経った現在でも、『Hearthstone』はプレイヤーに楽しんでもらうことを追求し続けています。当時私が受け取った感動を、同じようにプレイヤーに与えられれば素晴らしいですね。

――他の作品を参考にしている点はありますか?

Cora:作品的な背景もあり、『Warcraft』のトレーディングカードからは大きな影響を受けています。特に初期のカードデザインについては、大半のものが世界観を共有していますね。

 世の中にはさまざまなTCGがありますが、私たちは『Hearthstone』を素晴らしいゲームだと思っています。独自のアイディアを盛り込み、最高のタイトルにしていくことを常に心がけていますね。

――制作にあたり、この10年間で変えてきたこと、変えていないことがあれば教えてください。

Nathan:変えていないことは、チームのマネジメントについてです。『Hearthstone』の制作陣は、お互いに愛情やリスペクトを持ち、常に支え合っている最高のチームです。言葉だけでは言い尽くすことができません。

 私が5年前にジョインしたときには、すでにこの最高のチームが出来上がっていました。「この部分だけは変えてはならない」と、すぐに前任のマネージャーにメソッドを教えてもらいました。私たちが最高の環境で働けていることは、『Hearthstone』のゲーム性にも良い影響を与えていると思います。

Cora:デザインのチームでは、懇親を目的に休みの日もみんなで夕食会を開くことがあります。オフィスの近くにあるピザチェーンが非公式の憩いの場になりつつありますね。月に1回はどこかの店舗に集まり、カードデザインの話に花を咲かせています。

 実はカードのフレーバーテキストは社内で公募しており、デザイナーが応募されたもののなかから好きなものをチョイスしています。その話し合いの時間がとてもバカバカしくて楽しい時間なんですよね。

Nathan:一方で、変えてきた点については、より多くの方にプレイされることを意識し、UIやチュートリアルを刷新してきたこと、カードのダブりを減らしてきたことなどが挙げられるでしょうか。常に新しい仕様を考えることで、ワクワクを維持しつつ、新たなプレイヤーが参入するハードルを下げられるよう努めてきました。ちょっとした変化はたくさんあるので、ひとつずつ数えるとキリがないかもしれませんね。

重ねてきた成功と失敗。その裏にある制作チームの想いとは

――数ある挑戦のなかで、成功したこと、失敗したことは?

Nathan:最大の成功は2019年に実装したバトルグラウンドです。当時の制作チームには「オートバトラー」のジャンルを愛好するメンバーがたくさんいたので、リリース前の開発段階からチーム内にワクワクが広がっていました。

 最初のプロトタイプは、1人のプレイヤーと7人のCPUが対戦するものでした。そこから試行錯誤を繰り返しながら、『BlizzCon 2019』に間に合わせるために熱心に取り組んだことをいまでも覚えています。

 『BlizzCon 2019』では、会場にリアルな酒場のセットを設け、訪れたプレイヤーのみなさんにいち早くバトルグラウンドを体験してもらいました。最初は短かったデモエリアの行列が、時間を追うごとに少しずつ長くなり、最後には長蛇の列になっていくのを見て、私は大人気コンテンツになることを確信しましたね。

 一方で、報酬トラックの作り直しでは、反省点が多くありました。当時は3勝すると10ゴールドがもらえる仕様で、かつ1日の報酬の量にも上限がありました。発信がうまくいかなかったことで、プレイヤーが不満を募らせることになってしまいましたね。現在はより多くの報酬を獲得できるよう調整を施し、当初想定していた成果が出てきています。以降はこの失敗を教訓に、発信の方法を考えるようになりました。

Cora:デザイン面では、いつも十分な作業時間が確保されていることもあり、実装までの過程で一部がボツになることはあっても、そのような失敗がプレイヤーの目に触れることはありません。うまくいかなかった理由はチーム内で検証し、その後に生かしています。『Hearthstone』のInitial Designチームは、失敗から学ぶことができる組織です。素晴らしいチームだと感じていますね。

――バトルグラウンドが成功した一方で、マーセナリーズにはユーザーから厳しい反応が集まりました。

Nathan:過去を振り返ると、バトルグラウンドのように良い反応が得られたアップデートもあれば、マーセナリーズのように意図した結果が出なかったアップデートもあります。けれども、私たちは挑戦を続けることが大切だと考えています。なぜなら、何年も愛され続けるゲームとなるためには、ユーザーにマンネリを感じさせない新しい体験の模索が必要だからです。

 バトルグラウンドやマーセナリーズは結果こそ対照的でしたが、私たちが続けてきた挑戦の代表例でもあります。今後もこのような挑戦は続けていきます。予想を超えて反響が広がっていくのを見られることが制作に向かう上での私たちの楽しみでもありますね。

――リリース当初に比べると、1枚のカードパワーが増し、ペースの奪い合いを楽しむゲームになっているかと感じています。そのような方針にはどのような狙いがありますか?

Cora:私たちは拡張ごとに有意義にメタが変化していくことが重要だと考えています。拡張によっては、ゆったりとしたメタ、コンボを活用するメタなど、さまざまに環境が変化してきました。そこには「異なるゲームプレイを称賛する」という私たちの想いがあります。だからこそ、カードの種類やレアリティにかかわらず、なにかしらの意味を持つようにデザインしたいですし、イラストやフレーバーテキストについても、プレイヤーに愛される箇所であってほしいと感じています。誰もが楽しめるような良い環境を構築していくことが、私たちの役割でもありますね。

――最後に、「『Hearthstone』は今後このようなゲームになっていく」というイメージはありますか?

Nathan:繰り返しとなりますが、私たちの目標はプレイヤーに楽しんでもらうことです。そのために必要であれば、仕様の見直しや新機能の実装、環境に対するテコ入れなど、労力を惜しまないつもりでいます。10年という節目を迎えましたが、今後も『Hearthstone』の挑戦は続いていきます。本日は昔を思い出す良い機会をいただき、ありがとうございました。

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