冨田ラボと考える“ファンと作り手のコミュニケーション” 音楽の聴こえ方が変わる『冨田ラボスタジオ』の裏側に迫る

 ここ最近はクリエイターエコノミーが拡大し、それぞれがメディアを持って活動する「個の時代」ともいわれている。それに対応する形で現在、オフィシャルサイトやファンクラブサイトを個人で簡単に作れるプラットフォームが次々と誕生している。そのなかの一つである「Bitfan」を利用し、オフィシャルファンサイト『冨田ラボスタジオ』を立ち上げたのが、音楽家/プロデューサーの冨田ラボ(冨田恵一)。

 そこでは自身の作品について、動画やテキストを駆使しながら詳しく説明していくような、圧倒的なボリュームとクオリティを誇るコンテンツが定期的に更新されており、冨田ファンのみならずコアな音楽ファンの間でにわかに注目を集めている。8月には生配信企画「DAWを使った7+全曲解説」の開催も決定したばかりだ。

 1980年代末に音楽家としてのキャリアをスタートし、以来第一線で活躍し続けてきた冨田が、ここにきてオフィシャルファンサイトを設立したのはどのような思いがあったのか。キャリアを重ねていく上で変化していくファンとの付き合い方や、クリエーターエコノミー醸成のためにプラットフォームが出来ることなど、じっくりと語ってもらった。(黒田隆憲)

「専門的な知識がなくても『音楽』が作られていく過程を見るのはきっと楽しい」

冨田ラボ

──まずはオフィシャルファンサイト『冨田ラボスタジオ』を設立するにあたって「Bitfan」を利用しようと思った経緯から聞かせてもらえますか?

冨田:これまで僕は、ファンクラブとかそういったことを冨田ラボとしても一度もやったことがなくて。そもそもファンクラブを設立するなど考えたこともなかったんですけど、「Bitfan」というシステムを使うとわりと気軽に……というと語弊があるかもしれませんが、ファンクラブ内のコンテンツも、たとえばテキストだけでは伝わりにくいようなことでも動画などを駆使することで、クオリティも高くエンタテインメント性もあるものに出来るのではないかと思ったんですよね。

もう少し具体的にいうと、これまでだったら「オススメの音楽」もテキストで説明するだけでしたが、YouTubeのリンクなどを貼ることによって、実際に音源を聴いたり演奏を観たりしながら解説を読んでもらうことができる。それは面白いなと思ったのがひとつです。もうひとつは、自分の作品についてもより詳しい解説ができると思ったんですよ。

──というのは?

冨田:自分の作品についての解説って結構難しくて。リスナーの層によって、求められることも様々だと思うんですよね。「音楽を作る」ということについて語る場合、結構専門的な領域もあるわけじゃないですか。たとえば以前、NHKの『トップランナー』という番組に出たときは、音楽についての知識がそんなにない方にも楽しんでもらうような内容にしなければならない。……といいながら、わりとマニアックにはなりましたが(笑)、それでもかなり楽しんでいただけたようでした。

──そうでしたね(笑)。

冨田:『関ジャム 完全燃SHOW』に出演させていただいた時もそうです。扱う楽曲も多くの人が知るものにしなければならないし、その説明もなるべく分かりやすくしなければならない。そういう「縛り」がどうしてもあるんです。しかし、視聴者の中には僕の音楽のディティールについて、とことん知りたいファンも一定数いるのは以前からわかっているわけです。

そういう方たちにも満足していただけるようなコンテンツを、ファンクラブ内だったら自由に作ることもできる。そのことが僕にとってはとても新鮮だったんですよね。きっと普通のファンクラブですと、ライブのチケット先行予約とか、クローズな場でのトークイベントみたいなことがメインコンテンツになってくると思うんですけど、そうではなく今話したようなコンテンツが「Bitfan」を使えば簡単にできるのであれば、それは僕にとっても非常に興味深いことだと思ったんですよね。

──現在、『冨田ラボスタジオ』にはどんなコンテンツがあるのですか?

冨田:まず、3日に一度更新しているのが「Today's Lab Song」。ここでは自分がリアルタイムで気に入った曲や、昔から好きだった曲を紹介するコーナーです。YouTubeなどに動画があれば、それを貼りつつ短いコメントで解説しています。

それから月に1、2回の頻度で更新している「Nudge! Nudge!」では、自分が紹介したいアーティストや作品、その他トピックについて深掘りしています。もともと「Nudge! Nudge!」というのは、2000年代にタワーレコードのフリーマガジン『intoxicate』で僕が連載していたコーナー。そこではジャズフュージョンを中心に、気になるアーティストを1ページにわたってテキストで紹介していたのですが、同じことを『冨田ラボスタジオ』でもやりたいと思い、名前を引き継ぐ形で始めました。たとえばマイケル・ブレッカーという、僕の大好きなサックス奏者をみんなに紹介したいと。なぜ素晴らしいのか、今の音楽にどうつながっているのか、いろいろと伝えたいことを自由に書いて、関連動画も同時に載せていくという。

──拝見しましたが、マイケル・ブレッカーについてだけで「前編」「中編Part1」「中編Part2」と、ものすごい量のテキストを執筆されていますね。

冨田:そうなんです(笑)。字数制限のない中で書き始めるので、トピックが多いアーティストだとああなっちゃう。

しかも関連動画などチェックしていると「あれも書かなきゃ、これも書かなきゃ」と、次から次へと書くべきことが出てきてしまって。マイケル・ブレッカーに関しては、ちょっとやりすぎたかなと思っていますが。

──あははは。

冨田:でも、この機会に調べたこと、考えていたことをまとめておくのは自分にとっても「良いこと」なのではないかと思っています。

そしてもうひとつが「冨田ラボ作編曲SHOW」というもの。これは月1更新している動画コンテンツなのですが、自分の作品について実際にDAWの画面を開いたり、楽器を演奏したりしながら制作プロセスについて詳しく説明しています。僕のファンの方ならご存知かと思いますが、以前僕は「作編曲SHOW」と銘打ったライブをやったことがあって、そこから思いつきました。

──「作編曲SHOW」は、ステージ上で曲をゼロから作り始め、それをレコーディングして1コーラス程度完成させるまでのプロセスをリアルタイムで見せていくという、かなりユニークなライブパフォーマンスでした。

冨田:まさにそれと同じことをこの「冨田ラボ作編曲SHOW」でやろうとしているところです。ここ最近はリリースが続いていたので、それらのデモやマルチトラックを公開しています。僕が歌ったり、ボカロに歌わせたりしたデモから、制作途中段階を見渡せるDAWの各トラックまで……という一連の流れで見せているんです。

──ちょっと信じられないほど濃い内容ですよね。

冨田:曲作りのプロセスだけでなくミックスダウンのやり方について解説した回もあります。会員の方からのご要望があると、少しマニアックに思える企画もトライするようにしているんですよ。

──ミックスダウンの様子や、冨田さんの仮歌が入ったデモ音源など、普通の人はまず見たり聴いたりできない。

冨田:そうかもしれないね。もちろん、音楽の専門学校などへ行けば、そこで学べることはたくさんあるだろうけど、それよりはもうちょっと手軽なところで、スタジオワークが行われている現場を見る機会になればいいなと思い、頑張って更新をしています。

それに、きっとご自身で音楽を作っていない方でも楽しんでもらえる部分はあるんじゃないかとも思っていますね。

──そう思います。音楽の聴こえ方も変わるんじゃないかと。

冨田:そうだと嬉しいですね。仮に専門的な知識がなかったとしても、「音楽」が作られていく過程を見るのはきっと楽しいと思うんですよ。これまで普通に聴いていた楽曲の「完成一歩手前の状態」とか、ボーカルとベースとドラムだけの状態とか、そういうものを聴くだけでも新たな発見があって、聴き方も更新されるのではないかと。

──しかも、月額550円と聞いて驚きました。その価格でこの内容は濃過ぎです。

冨田:(笑)。僕がやるとなったらこのくらいのボリューム、濃いクオリティになるのは分かっていたのだけど、あまり敷居を高くするよりも、とにかくなるべく多くの人に触れてもらいたいという気持ちがあったんですよね。なので、この値段に設定してみました。ファンクラブの年会費として考えると、1年で6,600円ならまあ妥当なところかなと。

──いや、1ヶ月に更新する内容を考えたらやっぱり破格だと思います。しかも、会員数も着実に増えているそうですね。

冨田:それはやっぱり、会員の方々がSNSなどで広めてくださっているからだと思います。もちろんクローズな場なので内容までは書き込まないにしても「今回も素晴らしい内容だ!」みたいに書いてくださる方もいますし。僕もインタビューやSNSでの書き込みなど、おりに触れ『冨田ラボスタジオ』の紹介をしていますので、それを読んで興味を持ってくれた方が入会してくださるケースもあると思います。会員数を増やすために何か仕掛けを打つなど、そういうことは特にしていないので、とにかく地道な告知とみなさんの口コミのおかげだと思います。

──これだけのボリュームだと、コンテンツの締め切りが近づいてもなかなかネタが思いつかなかったり、更新の時間が取れなかったりといった苦労はありませんか?

冨田:ネタ自体はこのままでも10年くらいは尽きないんじゃないかな(笑)。書きたいことは常にたくさんあるので、あとは「その中から今回はどれを書くか?」で悩むくらいですね。たとえば「Today's Lab Song」や「Nudge! Nudge!」の場合、「これについて書きたいけど、そのために資料を集めたり調べたりする時間がないな」というくらい忙しいときは、特に調べ物をしなくても自分の記憶や知識ですぐに書けるものを選んだり。あと、僕は週に何日か「新譜を聴くための時間」を意識的に設けているんですが、「Today's Lab Song」にはそこから選曲することも多いですし、「Nudge! Nudge!」のアイディアが浮かぶこともあります。

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