アバター試着システム「ALT SKIN」が提示する、メタバース時代の“個性”とは
「ALT SKIN」は、答えを提示するのではなく、可能性を示すためのもの
体験を終えると、「ALT SKIN」のデザイン、制作を担当したデジタルアーティストの岸裕真がインタビュー取材に応じてくれた。
ーーどのような経緯で、「ALT SKIN」の制作に携わることになったのでしょうか?
岸:もともと主催のスタートバーン株式会社の代表、施井(泰平)さんと知り合いで、NFTのファッション展示会をやるから、試着機を作ってほしいとオファーをいただいたんです。今NFTやメタバースが注目を集めていますが、どのようなものなのか、よくわからないという方が多い中で、実際に会場で作品に触れて、試着体験まですることができれば、よりメタバースへの理解を深められるのではないかと考えました。
ただ議論を進めるうちに、単に服を試着するのではなく、“メタバース時代におけるファッションの可能性の提示”というところまで話を膨らませて、さまざまな思考ができる体験にする方向へと話が進み、最終的に、今回披露された「ALT SKIN」の形になりました。
ーーシステムの制作は、どれくらいの期間で行われたんですか?
岸:発想から展示の形にするまでは、1ヶ月くらいですね。
ーーそんなに短期間で実現するんですね。
岸:そこがDentsu Lab Tokyoのすごいところですね。いろんな分野のスペシャリストが集まっているので、ものすごいスピード感で組み上げていくことができるんです。またDentsu Craft Tokyoの皆さんも、実際に現場に入ってどうデバイスを設計するか、かなりタイトなスケジュール感で作り上げていて、その土壇場力には驚きました。普通ならこのスピードでは無理ですね。型が決まっている表現領域であれば可能だと思いますが、「NFT ×ファッション」の分野は、ほとんど国内に事例がないですから。このスピード感で進行できるのは、Dentsu Lab Tokyo、Dentsu Craft Tokyoのユニークな点だと思います。
ーー事例がないものを1から作るのは、大変な作業ですよね。
岸:なかでも特に難しいのが、それぞれの異なる領域を掛け合わせることなんですよ。「現代はアインシュタインが生まれない時代」という言葉があるのですが、要するに、各領域が深くなりすぎて、領域横断的な天才が生まれづらいということなんです。それもあって昨今ではチームビルディングが注目されているのですが、うちのチームはそれぞれの領域に精通している人が集まってるので、効率的に仕事ができるんです。
ーー岸さんは「ALT SKIN」の制作において、具体的にどの部分を担当されたんですか?
岸:体験全体のプランニングと、デザイン生成の部分ですね。与えられた文字情報からオリジナルデザインのアバターを生成し、それをNFTとして販売するところまでを担当しました。
ーー「ALT SKIN」のアバターは人型でありつつも、メタリックで抽象的なデザインですね。このスタイルにした理由は?
岸:メタバースにおける個人というものには、まだ答えがないですよね。そんな中で我々がすべきなのは、「あなたはこうあるべきだ」と答えを提示するのではなく、「こういうことができるようになるかもしれない」と可能性を示すことだと思うんです。考える動機を与えるのが僕らの役割だと考えているので、今回のアバターも、存在はしているけれども、不定形でモヤモヤしたビジュアルデザインにしました。
ーーアバターのデザインには、和柄が取り入れられているようですね。
岸:もともとこの展示は日本だけでなく、中国や香港を巡回していく予定だったので、日本発のプロジェクトとして、日本らしいデザインを取り入れたかったんです。もう1つの理由は、日本の“ミニマルな美”が、和柄には凝縮されていると思ったからですね。日本の美は、いかに自然と共栄、共存するかに重きが置かれていて、和柄は、自然的なモチーフをミニマルな記号に集約したものなんです。
ーーだいたい何パターンぐらい読み込ませたのでしょうか?
岸:1000〜1500くらいですね。与えられた文字データから、無限にユニークな柄を生成できるAIをプログラムの中に組み込んでいます。
ーーどんな言葉を入力しても、デザインは生成されますか?
岸:そうですね。日本語でも英語でも、おそらく中国語でも生成されると思います。少し技術的な話をすると、「ALT SKIN」のプログラムには、マイクロソフト傘下のOpenAIが開発した、ネット上に存在する画像と、その画像の詳細な情報を組み合わせた大規模なデータセットを活用しています。膨大な画像と文字のペアのデータがあって、そこからイメージと文字の関係性を学んだ超巨大AIのようなもので、今回はそれを和柄用に調整したものを組み込んでいます。OpenAIのデータセットが、世界中のすべてのものを網羅できているとは言い切れませんが、広大な範囲をカバーしていると仮定すると、有象無象の概念を文字からイメージに転写し、かつそのイメージを和柄に変換することができるはずです。
ーーまったく意味を持たない言葉を入力すると、どうなるのでしょうか?
岸:まったく意味を持たない言葉は、ほとんどない気がします。たとえばアルファベットの「A」の1文字だけでも、何らかのイメージと結び付いてしまいます。「A」に「D」が結びついたとしたら、「AD」となり“広告”のイメージが生まれるように、無関係な文字列であっても、文字単位でさまざまなイメージを引っ張り出してデザインを生成するはずです。
ーー「ALT SKIN」のメタバース世界は、渋谷の街が舞台となっていますね。渋谷を選ばれた理由は?
岸:渋谷は日本のさまざまなカルチャーがミックスされた土地ですし、日本がアートを復興していく中で中心地となった場所でもあります。日本の新しい概念や文化を作る場として象徴的なのではないかと考え、渋谷にフィーチャーしました。
ーー渋谷にいる自身のアバターを、さまざまなアングルから眺めることができるのもユニークですね。
岸:メタバースならではの手法ですよね。普通の試着だとブース内から動くことができませんが、メタバースでの試着なら、街中を動き回ることができます。自分自身が動かなくても、カメラを動かすことでアングルや場所が自由に変えられますし、自分を真上から見るような、現実では不可能な姿を再現することも可能です。仕組みとしては些細かもしれませんが、普通の試着と異なる体験であることを示すのには、有効な仕掛けとなったのではないでしょうか。
ーー今後ファッション業界において、NFTやメタバースはどのような役割を担うと思いますか?
岸:とあるブランドのマーケターの方が、「ファッションにおけるNFTとは、顧客との新しい繋がりを作るためのハブだ」と言っていました。既存のファッションラインを拡張するというよりは、今までファッション業界がアプローチできていなかった、ゲーム領域や、また別の領域で新しいプラットフォームを作っていくための技術であるということですね。これはおそらくファッション業界だけに限りませんが、新しいハブを作るためのものだと捉えています。
ーー今後メタバースが、新しいコミュニケーションを生むものとして定着した場合、業界にはどのような変化が起こると思いますか? それにおけるメリットとデメリットもそれぞれ伺えればと思います。
岸:まずメリットとしては、ファストファッションの大量廃棄問題による環境破壊への批判が高まる中、物理的に物を作らずに、ファッションがデータで展開されていくとなれば、それはサステナブルなあり方ですよね。ただ一方で、 NFTは意外にも環境破壊を促している側面もあります。以前に比べれば、ガス代が少ないブロックチェーンの利用ユーザーが増えてはいるものの、それでも環境に優しいものではないので、 NFTファッションを完全にエコフレンドリーなものとして論じることは難しいかもしれません。
もう1つ気になることは、デジタルで自分を表現することが主流になった場合、主にティーン層の自我形成がどのように行われるかですね。現在のSNSでは、フォロワー数やいいね数などはただの数字ですが、今後デジタル上の自分の地位が高まったときに、果たして子どもたちがそれにどうリアクションするのか、またそれが彼らの自我形成にどのような影響を与えるのか。NFTやメタバースに触れることになる若い世代の価値観を考えることは、重要なことだと思います。