noiz 豊田啓介インタビュー:情報の集積としての都市と新しい建築

 100年に1度と言われる再開発が進む渋谷で、昨年4月にオープンした「SHIBUYA CAST.」。クリエイティブな体験を提供するこの複合施設において、訪れた人の感性を刺激する、印象的なファサードとランドスケープのデザイン/監修を担当したのが、noizの豊田啓介氏だ。「情報建築学」を提唱する豊田氏は、「渋谷」という街をどう捉え、デザインに臨んだのか。そして、建築の未来、東京という都市の行く先とはーー。海外の状況や建築を変えつつある技術についての話も交え、じっくりと聞いた。(編集部)

テーマは「集まることで見えてくるもの」

――豊田さんは建築にコンピューテーショナル・デザインを取り入れた「建築情報学」を提唱し、大学教育への提言もされています。「情報」という観点からすると、渋谷駅からほど近い「SHIBUYA CAST.」という場所は、どう捉えることができますか。

「SHIBUYA CAST.」 写真:川澄・小林研二写真事務所/ 設計:日本設計・大成建設一級建築事務所共同体

豊田啓介(以下、豊田):さまざまな情報が集まり、混ざっていく場所です。建物のコンセプトとしても、巨匠がひとりで作り上げるものではなく、渋谷らしくクリエイターの集まり――「個」ではなく「群」で作っていく、という発想がある。そのため、外壁とランドスケープのデザイン監修を担当するなかで、決まったひとつの見え方をするものではなく、「集まることで見えてくるもの」をテーマに据えました。

――ファサードを見て、壁面に並ぶフィンが動いているように感じました。

「SHIBUYA CAST.」 写真:川澄・小林研二写真事務所/ 設計:日本設計・大成建設一級建築事務所共同体

豊田:そう見えてくれればと考えました。「パッシブ・ダイナミック」と言ってるんですが、季節や時間、天気や人の動きによって、あたかも動いているように感じられるデザインなんです。実は、SHIBUYA CAST.はかなり特殊な建物で、諸々の制約上、明治通りに面したメインファサードのど真ん中に、本来なら建物の裏側に隠したい室外機置き場を置かざるを得ないという課題があった。その機能は残さなければいけないということで、フィンを無数に設置することで風が当たって動いているような表現として、もちろん隠すんですけど一番興味をそそる特徴になるような、機械的/人工的なのに、どこか動きとして自然を感じられるような構成にしたんです。このデザインはコンピュータやデジタル技術を使わなければ制御できず、そうした多くの複雑な要素があることが、渋谷という街を表現するのに適していると考えました。

――なるほど。すでに人間の認識を超えた情報が、街や暮らしに流れている、ということでしょうか。

豊田:そうですね。いわゆるビッグデータのような話で、流れる情報の量や扱わなければいけないレイヤーの数、構造の複雑さを考えると、とてもひとりの人間が理解してコントロールできるものではなくなっている。建築というとつい三次元の世界を考えてしまいますが、今日常で扱わなければいけない情報はもっとはるかに高次元です。デザインにおいては、これまでのように“粘土をこねる”的なアプローチでは、今僕らが感じている実際の街に寄り添うことはできません。ただ、それを不可能だとして諦めるのではなく、むしろ人間の頭ではできないことをメタにコントロールすることで、これまでにはなかった表現や質というものが生まれてくる可能性があるではないかと。そういう意味で、デジタル技術はいま非常に面白いし、それを建築に取り込もうというのが、noizの基本的なスタンスです。

“技術革新と社会の理解”というジレンマ

――日本におけるコンピューテーショナル・デザインの第一人者として長く活動されてきたなかで、実際にできることは増えてきましたか。

豊田:コンピュータの計算能力は当然上がっていますし、3Dプリンターのようなものもどんどん精度が上がり、コストも抑えられるようになってきています。つまり、物理的にできることは大きく広がっている。課題はテクノロジーではなく、むしろ社会の理解です。建築は社会の循環の一部ですから、「建築界」という世界の内側でいくらがんばっても、実際に建物はできません。これまでは建築界の内部はもちろん、周囲の一握りの人にしか、コンピューテーショナル・デザインに興味や理解を持っている人って作れていなかったと思うんです。ただそれも、この1~2年で変わりつつあり、会話がつながる人が少しずつ増えています。

 建築業界の技術や流行のサイクルを考える上で、僕はよく音楽の分野を参照します。音楽は建築に対して10~15年ほど先行している。例えば、一度は飽和したかのように見えた音楽用ソフトウェア「Max/MSP」は最近、その可能性が見直され、ユーザーを再び増やしています。その意味で、建築はおそらく最初の「Max」が出てきたばかり、という段階だろうと。建築におけるテクノロジーによる革新として、音楽におけるMaxに近いのは、3次元形状をアルゴリズムで生成する「Grasshopper(グラスホッパー)」というプラグインソフトです。つまり、いまはこれが登場して、まだ単純に「すごい」と面白がられている状態。Maxのように飽和し、一度はみんなに飽きられて、その間にも社会に浸透し、技術も処理速度も上がって、さまざまに分岐して多様な機能が生まれて次の解像度で勝負するようになって――という話になるには、まだ10年はかかるでしょう。そんなことを考えながら、音楽シーンを見る機会は非常に多いです。例えば、音楽でいう「Spotify」のようなストリーミングサービスの流れが入ってくるとしたら、建築においてはどんなことになるのか、と。

――「グラスホッパー」は、ひとつのブレイクスルーになりそうですか?

豊田:すでにそうなりつつあります。特にコンピューテーショナルなことをやろうとするときに、グラスホッパーを使わず、実際の形に落とし込み、パラメトリックにさまざまなバリエーションを試していく、というのはなかなか難しい。簡単に言うと、昔はひとつの建築に対して作れる模型は5個、10個くらいが限界でしたが、グラスホッパーが出てきた途端に、突然、ほぼ無限のパターンを試せるようになった。建築という世界はどうしても閉じているので、オープンソースという概念がプラットフォームとして入ってきているという点でも大きいです。まさに「音」を扱うような気軽さで、建築に使えるものが出てきたというのは、革命的なことですよね。

――音楽もそうだと思いますが、コンピューテーショナル・デザインの担い手も、やはり若い世代のほうが多いのでしょうか。

豊田:そうですね。若い人が興味本位で使い始めて――というのがブレイクスルーになっています。まだほとんどの学校では教えないので、個人が勝手に身につけて道を切り拓いていく、というところに頼らざるを得ない。教育の現場ではコンピューテーショナルなものに対して、「自分の手を動かさず、苦労しないもの」というイメージで、抵抗感がある。「プログラミングによってものを作る」というのもひとつの可能性であって、旧来の手法を否定するものではなくむしろその可能性を多様に分岐させるブースターなんだと思える感覚を、社会に共有しなければと考えています。

――豊田さんはまさに、教育を変えていこうという活動をされています。一方で、音楽業界では音楽教育を受けておらず、楽器がまったく弾けなくても、卓越した曲を作ってしまう天才的なクリエイターも出てきています。同様のことが、建築でも起こり得るでしょうか?

豊田:このあたりは建築のユニークなところで、絵画や音楽はひとりでもできてしまいますが、建築は「指揮者」に近いんです。つまり、実際に“つくる”という段階では、他人に委ねざるを得ない。加えて、動くお金が非常に大きく、法律でもがんじがらめになっています。また、僕らが「こうあるべきだ」と確信していても、施主と意見が違えば基本的に譲らざるを得ない。このように、多くのハードルがあるので、まったく関係のないところから突然、天才が現れる、というのは起きにくい分野だとはと思います。でも、これまでにない領域に新しい建築的可能性を見つけるみたいな可能性は、以前にくらべて圧倒的に増えていますよね。

 社会全体の傾向はテクノロジーにより大きく変わっていますし、建築も徐々にそこに引っ張られていくはずですから、少しでもその変化を早められるよう、訴えかけていきたいと考えています。これが急がれるのは、社会、クライアント、建築メディアや教育というものが一律に変わって初めてやっと、僕らが「新しい技術体系やプラットフォームのなかで実現できる可能性がある」と考えるものの数パーセントが、実務として回り始めるという話だから。僕らも今できるべきことができる環境が欲しいんです。僕たちが建築情報学を推進しているのもそのためです。

関連記事