『クレイフェイス』は間違いなく“ロマンス映画”だ 人間を怪物に変えてしまう“歪んだ愛”

 本作のマットの変身の進行は、揺れる男の恋心を文字通り体現している。ケイトリンとの出会いによって、どん底のマイナスまで落ちた精神が、治療によってゼロまで戻り、なんならプラスに転じていく。しかし、彼は過去と怨みを忘れることができない。怒りで顔は再び崩れ、やがてその肉体は人間の領域を超えてゆく。そんな人間ではなくなっていく異常が起きても、マットはケイトリンと一緒なら落ち着き、肉体の乱れも起きないことを知る。そのときマットは人気スターでも、復讐者でも、怪物でもなく、I'm just a man, fall in loveだと悟るのだった。一方のケイトリンも、最初は医者と患者という関係にすぎなかったが、共にドン底から這いあがるため禁忌を犯し、秘密を共有する “共犯関係”の中で、マットとの距離を縮めていく。この二人のドラマが魅力的だ。一緒にジュースで乾杯をするシーンは微笑ましいし、ある事情からケイトリンが眠るマットを観察するシーンは驚くほどセクシーだ。ゴシックな雰囲気すら漂う。

 ただし、ケイトリンには婚約者がいて、彼女はその一線を越えることができない。しかしマットは、ケイトリン以外に誰もいない。孤独の中で、おのずとマットのケイトリンに対する恋心が暴走を始める。彼女と相思相愛になりたい、彼女を守らなければ、彼女のためなら何だってやれる、自分には彼女しかいないんだ、この気持ちを彼女にも分かってもらいたい、受け入れてもらいたい、愛に気付いてください……ペニシリンモードになるにつれ、マットは完全な怪物になっていく。

 そんな歪んだロマンス映画として観たとき、本作の白眉として挙げたいのが、最後の殴り込みの構造だ。マットが自分の顔を切り裂いたマフィアを急襲するのだが、単なる「個人の復讐」ではなく、「ヒロインを救うための戦い」という要素を絡めている。ここがシナリオの上手い部分で、これがあるからこそ本作は悲劇性が際立つ。マットは自己中心的で歪んでいるし、殺人はNGだけれど、他に手がないと理解はできるのだ。この構図をシナリオ中に作った人間が本作のMVPだろう。なお本作の脚本の初稿は、マイク・フラナガンが担当している(ホセイン・アミニがリライトを担当)。近年のフラナガンは尋常じゃない量と質の作品を創っており、監督としても脚本家としても一級品だ。あまりに仕事量が多く、あまりにもクオリティが安定して高いので、もう個人というより機関だと思う。同じシナリオの世界の末席に身を置く者として、尊敬を禁じ得ない。これからは「フラナガン機関」と呼ばせてください。

 これは恋ゆえに暴走し、文字通りの怪物になっていく男の物語だ。しかし同時に、本作は間違いなくロマンス映画だ。ある種の月9的な感覚で目が離せなくなり、最後には悲しいカタルシスが胸を打つ。歪んだ愛が人間を怪物に変えてしまう。「生まれ変わるメロディー」って、こういうことだったんですね。

■公開情報
『クレイフェイス』
10月30日(金)全国公開
出演:トム・リス・ハリス、ナオミ・アッキー、デヴィッド・デンシック、マックス・ミンゲラ、エディ・マーサンほか
監督:ジェームズ・ワトキンス
脚本:マイク・フラナガン、ホセイン・アミニ
製作:マット・リーヴス、リン・ハリス、ジェームズ・ガン、ピーター・サフラン
配給:東和ピクチャーズ・東宝
全米公開:10月23日/原題:Clayface
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