DCスタジオの実験的アプローチは大正解 『クレイフェイス』が踏み込んだホラーの領域

 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、手術シーンが苦手な宮川が『クレイフェイス』をプッシュします。

『クレイフェイス』

 ハロウィンを迎える今週末、既存のアメコミ映画のイメージを覆す一作が公開された。DCスタジオが放つ“ボディホラー”『クレイフェイス』だ。

 DCコミックスの歴史において、バットマンの前に立ちはだかるヴィランとして描かれてきたキャラクター・クレイフェイスを主人公に据えた本作は、スーパーヒーロー映画の文脈に寄りかかることなく、一人の人間が“怪物”へと堕ちていくプロセスを描いた意欲作である。DCユニバース(DCU)の映画3作目にあたるが、2025年に公開されたDCU第1作『スーパーマン』、今年6月に公開された『スーパーガール』と直接的な繋がりはない。壮大な世界観の連鎖やヒーローとの派手な衝突をあえて遠ざけ、極めて閉塞感に満ちたボディホラー/サイコスリラーとしての純度を高めている。

 『ドクター・スリープ』や『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』などで知られる現代ホラーの名手マイク・フラナガンと、ニコラス・ウィンディング・レフン監督作『ドライヴ』の脚本を手がけたホセイン・アミニが脚本を担当している点もポイントが高い。監督を務めたジェームズ・ワトキンスは、『ウーマン・イン・ブラック 亡霊の館』『スピーク・ノー・イーブル 異常な家族』のように、極限状態に追い込まれた人間の心理を克明に描くことに長けたフィルムメーカーだ。その冷徹な視線は、ゴッサム・シティという架空の都市の華やかさの裏に横たわる、陰鬱で湿り気を帯びた空気感を丹念に掬い取っていく。闇に沈むアパートの一室、薄暗い廊下、粗い粒子のフィルムテクスチャーが、主人公を取り巻く“世界の狭さ”を際立たせる。

 物語の軸となるのは、ハリウッドで将来を嘱望されていた若手俳優マット・ヘーゲンの転落劇だ。ある悲劇的な事故によって自慢の美貌を無残に奪われた彼は、役者としてのキャリアと自己肯定感の双方を瞬時に喪失する。かつての栄光を取り戻したいという焦燥感から、彼はとある実験の被験者となることを志願。その実験によって元の美しい顔を取り戻したヘーゲンだったが、その代償はあまりにも重かった……。次第にその皮膚や体は泥状へと崩壊をはじめ、粘土のように姿を自在に変える怪物「クレイフェイス」へと変貌していく。

 従来のDC映画のような明快な勧善懲悪やカタルシス、超人的なアクションを求める観客にとっては、終始救いのないトーンや物語の限定的なスケールに対して評価が分かれる側面はあるかもしれない。ゴッサムという舞台装置は機能しているものの、そこで描かれるのはあくまで一人の人間の内面崩壊劇。ワトキンス監督は、じわじわと主人公の尊厳が奪われていくその過程を、抑制の効いたテンポで描いていく。自らの輪郭が失われていくという恐怖は、古典的な怪奇映画や、肉体の変貌をモチーフにした往年のジャンル映画の系譜を色濃く受け継いでいる。

 しかし、他者からの評価や視覚的な記号に縛られ、加工された虚構と本来の自分との間で自己を見失いがちな現代社会において、この“顔を失った男”の悲劇は決して遠い世界の寓話ではない(ジャンルは違えど、宮藤官九郎脚本のNetflixシリーズ『俺のこと、なんか言ってた?』と共鳴する部分も)。外見への執着と復讐心を描いた本作は、アメコミ映画というフォーマットを借りて現代人の精神的な病理をえぐり出した、極めて批評的な試みと言える。

 唯一欠点を挙げるとしたら、キャストがいささか地味で、全体的に華がないこと。そこも含めて、スターキャストが主演を務めがちなアメコミ映画とは一線を画しているのだが。主人公マット・ヘーゲンを演じたトム・リス・ハリスの今後には大いに期待したい。

 大規模なユニバース展開が過渡期を迎えるなか、あえてジャンル映画としてのエッジを鋭く研ぎ澄ませた本作。まさにハロウィンにはうってつけな一作だ。

■公開情報
『クレイフェイス』
10月30日(金)全国公開
出演:トム・リス・ハリス、ナオミ・アッキー、デヴィッド・デンシック、マックス・ミンゲラ、エディ・マーサンほか
監督:ジェームズ・ワトキンス
脚本:マイク・フラナガン、ホセイン・アミニ
製作:マット・リーヴス、リン・ハリス、ジェームズ・ガン、ピーター・サフラン
配給:東和ピクチャーズ・東宝
全米公開:10月23日/原題:Clayface
©DC Studios. All Rights Reserved.

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