西川美和はなぜ今“戦争孤児”を撮ったのか 「“自分がまだやっていないことをやる”が課題」

10月16日に公開を迎えた映画『わたしの知らない子供たち』。『すばらしき世界』以来となる西川美和監督の最新作は、戦後間もない激動の日本を生きた「戦争孤児」たちの姿を鮮烈に描き、彼女の新たな代表作を予感させる渾身の一本だ。西川監督は、なぜ今「戦争」を、そして「子ども」を題材として選んだのか。演技未経験の子役たちとの撮影秘話、そして、自身の映画監督としてのスタンスの変化について、たっぷりと語ってもらった。
『すばらしき世界』で感じた後悔と新たな原動力

ーー西川監督の新たな挑戦を感じさせるような、過酷な時代を扱いながら、それでいて子どもたちの生命力にあふれた作品でとても面白かったです。本作の企画はどのようなところからスタートしたのでしょうか?
西川美和(以下、西川):『すばらしき世界』の仕上げの段階だった2020年初め、コロナ禍が始まって制作が途中でストップしてしまったんです。あと一歩で完成するというときに時間ができてしまい、「次の作品を考えなきゃ」と思いました。そのとき、『すばらしき世界』の主人公の幼少期、つまり戦争孤児たちと一緒に戦後を生きた時代について思い至りました。実はあの作品の原作小説にはその描写があり、私も映画の中で描きたかったのですが、結局描ききれなかったという後悔のようなものがずっとあったんです。そこから、もう一度戦後のヤクザ社会の構成員になっていった人たちは、どういった生い立ちだったのかを調べてみたい、戦争孤児のことをもっと知りたいと思ったんです。もともと戦争をテーマにしたいという強い気持ちがあったわけではなく、自分にとっては少し重たすぎる題材だとも思っていました。ただ、コロナ禍で「明日アクリル板が外れるかどうかもわからない」という先行きが見えない状況の中で、現代劇を書くアイデアが思いつかなくて。それなら、この時間を使って自分がよく知らなかった時代のことをしっかり調べ、映画にできるかどうか検証しようと思ったのが始まりです。
ーー令和の現代において、戦争映画を撮る上で意識されたことはありますか?
西川:新しい戦争映画を作りたいと思いました。戦争の実体験がある世代や、その後の人たちがすでにたくさんの名作を作ってきているので、その焼き直しを作る必要性はないと思っていました。戦争孤児をモチーフの中心に据えた映画はそこまで多くないだろうという新鮮味はあるかもしれないと思いつつも、同時に「戦争と距離ができている現代の人々の関心事になり得るだろうか?」「誰が見たいと思うのだろうか?」と自問自答しました。

ーー企画を進めていく中で、世界情勢も大きく変化しました。作品への向き合い方に影響はありましたか?
西川:企画を発案した頃には想像もしていませんでしたが、2022年からウクライナ侵攻が始まり、世界の各地で大きな戦争や侵攻が起きました。現代の感覚では、子どもがいる場所が爆撃されたり、世界的な批判があるのに止まないような状況が続くとは思えなかったのに、実際には起き続けている。そうなったときに、戦争を振り返り、描くというジャンルは「決して古くなっていくジャンルじゃないんだな」と思いました。なぜ人類が戦争をするのか、戦争が何をもたらすのかを、時代ごとに新しいアプローチで描き続けることには意義がある。世界が嫌な展開になってきたなと思うと同時に、おそらく今作ったほうがいいのだろうなとも思えました。
難航した琴子役のキャスティング

ーー本作での子どもたちの描き方が、単なる「かわいそうな子ども」としてではなく、非常にエネルギッシュで現代的だったのが印象的でした。
西川:彼らはかわいそうな境遇ですし、最も苦境を味わった被害者だとは思います。ですが、戦争の悲惨さや被害をことさら強調しても、それは私が実際に受けたものではありませんし、実体験をした人たちがすでに優れた表現で描いてくれています。悲劇性を強調した作品を、今の観客が観たいのだろうかという疑問もありましたし、あたかも自分が受けた被害のように描き続けることが新しい戦争映画のあり方だとは思えませんでした。自分が知らなかった戦争を想像し、知らなかった被害を知ることでしか、新しいものは作られていきません。そもそも「子どもたちがどれだけエネルギッシュにその時代を生き抜こうとしたか」ということが私の関心の発端だったので、置かれた状況の厳しさは描きつつも、彼らのエネルギーはきちんと守って描きたいと思いました。
ーー戦争孤児を演じた子役の皆さんが本当に素晴らしかったです。主演の琴子を演じた小八重葵美さんの起用理由を教えてください。
西川:今回の琴子役のキャスティングは本当に難航しました。お芝居が上手な子はいるけれど年齢が合わなかったり、その子が本質的に持っている性格と役柄が違ったりして、なかなかぴったりこなくて。そんなときに、まったくお芝居の経験がない葵美ちゃんがオーディションにやってきました。「家族と離れて学童集団疎開に行きたい」と父親に主張するシーンをやってもらったのですが、経験豊富な子役さんに比べると淡々としている部分もありつつ、根っこのところで持っている強さが見えたんです。見込みがあるなと思ったので、「今のはこんな感じだったけど、この子は父親に甘えているから、もっと精神年齢を低くしてダダをこねてみてくれる?」と注文を出してみたら、葵美ちゃんはちゃんとお芝居が変わりました。「この子はお芝居ができるし、演出に反応できる」と判断しましたね。あとは、カメラを通したときの圧倒的な目の輝き、表情の強さが他には代えがたい魅力でした。



















