見事に“傾いた”ザック・クレッガー! 『バイオハザード』が描く原作体験とコメディの凄み

 『バイオハザード』と関係ない話で恐縮だが、『花の慶次 ―雲のかなたに―』というマンガがある。戦国の世を生きた“いくさ人”であり“傾奇者(かぶきもの。世の常識に縛られず、自由に生きるものたちの総称)”である前田慶次郎の活躍を描く傑作時代劇だ。その読者として断言する。見事に傾(かぶ)いたものよ、ザック・クレッガー。

 『花の慶次』では、たびたび慶次の“傾き”が発生する。とんでもない状況で慶次が自分の意志を貫くためにムチャをして、周りはパニックに陥って、慶次自身も危機に陥ってしまう。しかし、そこで慶次がもっとムチャをして周囲の度肝を抜き、しかしムチャの背後にある慶次の真意、思慮、豪胆さ、優しさが伝わって、全員の心に涼やかな風(『花の慶次』で頻出する表現)が吹き、皆が慶次に魅了される……という流れである。本作の監督ザック・クレッガーも同じことをした。以下、ネタバレがあるので、気になる人はお手数ですが「戻る」をしてください。

 前置きが長くなったが、『バイオハザード』(2026年)である。バイオといえば、日本が生んだホラーゲームの金字塔。怪物たちに追っかけまわされ、逃げたり隠れたり、謎を解いたり、銃で反撃したり……つまり、今現在のサバイバルホラーゲームの原型を作った1本だと言っていいだろう。その後も試行錯誤を繰り返しながら進化し、最新作『バイオハザード レクイエム』も世界的な大ヒットを記録した。

 本作はそんなバイオの実写化だが、クレッガーは驚くべき選択を下した。なんとブラックコメディに舵を切ったのである。しかも原作キャラクターは登場せず、クリーチャーもオリジナルだ。原作を想起させる要素は、不動の悪の組織No.1「アンブレラ社」と、惨劇の舞台になる「ラクーンシティ」くらいだろうか。ゲームの人気キャラは出てこないし、原作ストーリーともほぼ無関係だ。大変なムチャである。大阪城の豊臣秀吉の前で猿舞(猿の動きを真似る踊り。秀吉は猿顔に強烈なコンプレックスを持っており、これは命がけの行為といえた)を踊るくらいのムチャである。そういえばカプコンの本社は大阪だ。奇跡的な符合。

 しかし、ただ単に好き勝手にやったわけではない。驚くべきは、それでいてちゃんとバイオになっていることだ。だからこそ前田慶次なのである。一本取られたとしか言えない。

 すでに各所で論じられている通り、本作は『バイオハザード』の体験を映画化している。暗闇を探索する緊迫感、段階的にパワーアップしていく武器のワクワク感、弾丸の数を常に気にするリソース管理感など、バイオのゲーム体験そのものだ。そして実際に怪物を前にしたとき、テンパって同じ場所をグルグル走り回ったり、やっぱり怖いからと進むのを躊躇したり、プレイヤーの多くが一度は経験したようなムーブが連発する。存在しない新作バイオのプレイ動画を見ているような錯覚を覚えるだろう。しっかりサバイバルホラーをやっているが、それでいてコメディ自体も非常にうまい。凄腕エージェントのマキシーン(カーリー・レイス)を待つ凡人2人の車中コントは、リアクション、空気感、態度を変えるタイミング、すべてが絶妙だった。個人的には序盤のパトカーが横転するシーンも神がかっていたと思う。とにかく間の取り方が上手い。クライマックスの舞台になる研究所のメンツも素晴らしい。人種も性別もバラバラだが、全員が全員、死ぬために出てきた感があって100点満点、しかも散り際がみんな面白い。120点である。

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