『スキャンダル』ソン・イェジン×チ・チャンウクによる“極上の心理戦” 眼差しで語る愛欲

チ・チャンウクは、「チョ・ウォン自身が自分の気持ちをはっきりと理解し切れていないと感じた」という趣旨の発言通り、ウォンの「賭けを楽しむ心と、揺れ動く本気の違い」を、眼差しや声色で繊細に表現した。また、劇中で披露された大胆かつ美麗な官能シーンへの挑戦も見逃せない。単なる刺激にとどまらず、抑圧された時代の中で感情を露出させ、極限の肉体美と官能性を体当たりで演じきった彼の覚悟が、作品に漂う切なさを一段と引き立てている。キャスト陣の解釈も分かれるほど色濃い虚無を抱えたウォンの立体感は、見る者の想像力を掻き立てる「余地のある芝居」と言えるだろう。
ソン・イェジンとチ・チャンウクが、ユンとウォンとして、恋慕い、抗えない欲望と絶望的な閉塞感を抱えて対峙する場面は、薄氷を踏むような緊張感に満ちていた。特に物語後半、ユンがウォンに扇子を広げて見せる場面がある。その場面での、語らずして眼差しで語り合う見事な芝居の応酬。厳格な社会の中でひたすらに耐えて枯れそうなユンと、掴めぬ幻を追い虚無に生きるウォン。そのふたりに「情」が通っていることを眼差しだけで表現したソン・イェジンとチ・チャンウクの、静かだが最高の見せ場だと感じた。

未亡人ヒヨンを演じたナナの芝居も見逃せない。「夫の後を追って自決せよ」という慣習、天主教への傾倒、死への恐れと生への渇望。そしてウォンへの愛憎や、抱える苦悩を「怯え」として表現し、チ・チャンウクと共に官能的な演技に挑んでみせた。ハン・ソナが、側室ソオクの母であり、ウォンとも過去に関係を持つ煙草屋として登場しているのも、心をときめかせる。名優たちが新たな顔を披露し、物語に深い奥行きを与えているのも見どころだ。
演出の妙にも触れておきたい。韓国ドラマが得意とする「色鮮やかな色彩をふんだんに用いた心象描写」は、本作でも遺憾なく発揮されている。幼き頃の淡い恋の小道具として使用されたのは、「花」だ。ロマンティストなウォンは、野の花を摘み、ユンに届けたり、大人になってからも花束を渡す。これが伏線として効いてくるのが後半だ。
衣装にも注目だ。若い芽のような黄緑や桃色を着る側室ソオクに対し、ユンは濃い緑の韓服で成長しきった草木を思わせる。髪飾りも枯れ木のようだ。外の明るい光にいる側室と、モノクロの室内にいるユン。それが、ウォンを呼び出して待つ瞬間、ユンは咲き誇る花畑と明るい黄緑色の韓服姿へと変わる。心が浮きたち、少女のようにときめく心象が絶妙に表現されている。さらに、ウォンとの対峙では、室内での光の当て方にも注目してほしい。影が上から斜めに差し込まれ、中央は光輝いている。ユンが外では名家の妻として抑圧していた感情が、ウォンと会ったことで、心の内側に輝く光が差していることがわかる。言葉で交わしきれない描写の妙はジグソーパズルのようだ。

終盤、ウォンは、王(キム・スヒョン)から生き方を羨ましがられるが、「飛んだことのない籠の中の鳥」だと涙を浮かべて返す。登場人物全員が、厳格に抑圧されて「自分を生きられない」人たちだ。それでも必死に生きる姿は、今の時代の情報にさらされ、何かに追い立てられ、潮流に飲み込まれながらも、それでも自分を見つめて踏ん張る私たちの姿に重なる。真の心や純粋ささえも抑圧して生きるしかなかった時代の物語は、いつの世も「自分らしく生きる」ことを奪われた人間の哀しさを突き付けてくる。フランス映画版、韓国映画版、そして今回のドラマ版。それぞれに違った『危険な関係』を味わえるのも、この物語が映像化され続けてきたことで生まれた面白さだろう。秋の始まりに、改めて見比べてみるのも面白い。
■配信情報
『スキャンダル』
Netflixにて配信中
出演:ソン・イェジン、チ・チャンウク、ナナ
制作:チョン・ジウ、キム・ジェジュン



















