内山拓也監督が信じる映画の“可能性” 自伝的作品『しびれ』の原風景と希望への決意

『佐々木、イン、マイマイン』や『若き見知らぬ者たち』が国内外から高い評価を獲得してきた映画監督・内山拓也。彼の最新作『しびれ』は、自身が学生時代に書き始めた断片的な記憶や感情を起点としながら、約20年におよぶ歳月と記憶の旅を再構築した渾身の長編映画だ。新潟という自らの原風景を背景に、4人の人物がバトンを渡すように展開していく重厚な物語。商業的な定石を飛び越え、北村匠海演じる主人公・大地が登場するまでに映画の半分以上を費やすという挑戦的な構成の裏には、映画を通して誰かと手を取り合い、希望を分かち合いたいという強い願いがあったという。10代の頃に衝撃を受けた映画との出会いから、自主映画の枠を越えて世界と対峙する現在地、北村をはじめとするキャスト陣との真摯なコミュニケーション、そして日本映画界が直面している課題まで。内山が自身のルーツと創作の神髄を明かしてくれた。
「“希望”のようなものを初めてちゃんと提示したくなった」
――非常にずっしりと心に響く作品でありながら、ラストシーンはどこか永遠に観ていたくなるような余韻がありました。『しびれ』には監督ご自身の自伝的な要素が含まれているとのことですが、原点にはどのような体験があったのでしょうか。
内山拓也(以下、内山):新潟という土地、時間、景色……そのすべてが自分の原体験であり、原風景です。自分がかつて知っていた感情や見てきた景色が映画全体の下敷きになっています。その上で、ラストシーンに向かってメッセージを強く込めたいと思って作りました。自分自身がかつて映画に救われ、映画がなければ生きていくのが難しかった時期に書き始めた脚本だったので、映画として改めて再解釈・再構築をしました。
――この物語の核となる部分は、かなり前から温められていたそうですね。
内山:服飾の専門学校(文化服装学院)に通っていた19歳、20歳の頃ですね。当時はまだ脚本という形にもなっていなくて、自分の抱えている断片的な思いや感情をワードに並べていくような作業でした。その後、新宿の紀伊國屋書店でシナリオの書き方に関する本を買ってきて、20歳から21歳くらいのときに本格的に書き始めました。新宿武蔵野館でアルバイトを始めたのもその時期です。
――当時に書かれた断片的なノートと、今回完成した映画とでは大きな変化があったのでしょうか?
内山:全然違いますね。当時のものは、本当にその瞬間に自分が抱えていたものや、新潟という土地、母親に対して思っていた感情をそのまま生々しく綴った、構成も何もない乱暴なものでした。でも、そこから10数年が経ち、自分自身の人生やフェーズが変わり、記憶もすり減っていく中で、少しずつ向き合い方が変わっていったんです。前作『若き見知らぬ者たち』の仕上げを海外(フランス)でおこなっていたときに、「このままの脚本では、自分が本当に届けたい感情がまっすぐに届かないかもしれない」と危機感を抱いて。
――「届けたい感情」ですか。
内山:これまでの自分は、映画を通して何かを強く訴えかけたりメッセージを届けようとしたりすることは意識的に避けてきたんです。作品を型にはめてしまうと恣意的なものになってしまうので、ジャッジをしない表現を徹底していました。でも今回は、その先にある“希望”のようなものを初めてちゃんと提示したくなったんです。観客の皆さんと手を取り合い、対話し、明日のことを一緒に考えられるような映画にしたい。そう決意したときに、一度脚本をすべて解体して、幼少期から始まる20年間の時間軸へとイチから書き直しました。もともとは大人になった現在(北村匠海が演じるパート)だけの物語だったんです。
――北村匠海さん演じる大人になった大地が登場するまでに、映画の半分以上を費やして幼少期・少年期を描くというアプローチは非常に贅沢であり、挑戦的だと感じました。
内山:プロデューサーチームも「そうでなければいけない物語だよね」と納得してスタートしてくれました。この構成だからこそ、北村くんや宮沢りえさん、永瀬正敏さんといった素晴らしいキャストたちが「物語の一員として映画の中に真摯に存在する」という挑戦状を面白がって受け取ってくれたのだと思います。
――少年期を演じたキャストたちの佇まいやお芝居も圧倒的でした。子役の方々との演出において、特に意識されたことはありますか?
内山:「子どもたちを子ども扱いしない」ということを徹底しました。大人側が「子どもだから」とバイアスをかけて接することは、1人の人間として対峙していないのと同じだと思っています。自分自身、子どもの頃に「大人にならざるを得ない瞬間」が人より早く訪れた人間だったので、彼らの大人びた部分や繊細な部分と同じ目線で喋れるという感覚がありました。彼らにとって一番傷つくのは子ども扱いされることだと分かっていたので、まずは「僕と君はこれから友達になるんだ」という表明から始めました。
――数カ月かけてコミュニケーションを深められたそうですね。
内山:オーディションや面談も、1回で決めるのではなく何カ月もかけて3~5回ほど会い続けました。脚本について聞かれれば何でも答えましたけど、僕がしたかったのは本の話ではなく「一緒に時間を過ごすこと」でした。宮沢りえさんと子どもたちで遠足に行って遊ぶような特別な日を作ったりしながら、描かれていない時間や沈黙をどう過ごしてきたかに思いを馳せる作業を丁寧に重ねていきました。























