人はなぜ美容外科を選ぶのか? 『ダウンタイム』が問いかける“美しくなりたい”の正体

 研ナオコ演じる坂下ゆり子もまた、手術後の表情が印象的な一人だ。末期がんで余命わずかな彼女が望んだのは、延命のための治療ではなく、全身の美容整形。身体への負担を考え、文は反対する。残された時間がわずかなのに、なぜリスクを冒してまで外見を変えるのか。観ているこちらにも同じ疑問が浮かぶ。

 「たとえ愚かでも、どうしても必要なものってあると思う。誰にだって、きっとあるはず」。手術を終えたゆり子が、ダウンタイム中に語った言葉だ。残された人生を、自分の好きなように生きてみたい。彼女にとって美容整形は、残された時間を自分の望む姿で生きるために「どうしても必要なもの」だったのだ。退院後、自らの遺影を撮影するゆり子。カメラの前で少女のように笑う姿からは、“望んだ自分”として最後まで生きる喜びが伝わってくる。

 真海とゆり子の姿を見ていると、美容整形は、自分らしく生きるための選択肢の一つなのだと思えてくる。しかし、あくまで簡単な答えを用意してくれないのが本作だ。

 たとえば、小学生のYouTuber・萌乃(古川凛)。彼女が望むのは、動画の再生数を伸ばすための美容整形だ。凜は手術を断るが、その後、萌乃は別のクリニックで施術を受けた姿を見せる。本人が望んでいるのなら、それもまた自己実現と呼べるのか。そもそもその願いは、本当に彼女自身から生まれたものなのか。本作はその答えを示さず、観る側に割り切れない感情を残す。

 安達祐実演じる佐緒里は、さらに複雑だ。彼女は身体の気になる部分を見つけては、繰り返し美容整形を受けている。ひとつ変えても、また次が気になる。どれだけ身体を変えても満たされず、子どもと離れて暮らす寂しさを埋めるように、整形を重ねていく。美容整形という手段が、その人を必ず「なりたい自分」へ連れていくわけではないことも、本作は描いている。

 こうして患者たちを見ていくと、「美しくなりたい」という一見同じように見える願いの中に、まったく異なる欲望があることが分かる。夢をかなえたい。誰かに認められたい。理想の自分に近づきたい。彼女たちが求めているのは、美しさそのものだけではなく、その先にある「こんな自分でありたい」という姿なのだ。

 考えてみれば、私たちはより自分らしく生きるために、人生のさまざまなものを変えている。仕事を変える。住む場所を変える。髪型を変える。ときには人間関係を変える。もちろん、身体への負担を伴う美容整形を、それらとまったく同列には語れない。それでも、「今の自分を変えたい」「こんな自分でありたい」という欲求そのものは、美容整形を選ぶ人だけが持つ特別なものではない。

 なぜ人は美容整形を選ぶのか。身体を変えることで救われる人もいれば、変え続けても満たされない人もいる。『ダウンタイム』の挑戦は、そのどちらかを正解にすることなく、美容整形を選ぶ人々の欲望を、決して特別なものとして描かなかったことにある。「美しくなりたい」という欲望の正体は、案外、私たちが日々抱えている「こんな自分で生きたい」という願いと、それほど遠くないのかもしれない。

■配信情報
Netflixシリーズ『ダウンタイム』
Netflixにて独占配信中
出演:松岡茉優、仲里依紗、間宮祥太朗、田中みな実、萩原利久、長井短、渡辺大知、中川家礼二、シシド・カフカ、城田優、増子直純、武田創世、泉里香、田村健太郎、篠井英介、天野はな、景井ひな、研ナオコ、野呂佳代、古川凛、安達祐実、風間俊介、Kōki,、永作博美、渡部篤郎
監督:Yuki Saito
脚本:池上純哉
プロデューサー:三宅はるえ、茂木克仁
企画プロデューサー:工藤伸一
制作プロダクション:K2 Pictures
企画・製作:Netflix

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