『キリコのタクト~YELL~』鈴木京香が体現する“音楽の力” 歌が“人生の主題歌”になるまで

 声帯の震えが共鳴し、聴衆の心をも震わせる。音楽は、歌は、すべての人に開かれている。いま改めてこうして言葉にしているが、誰かの歌声や、その歌う姿に胸を打たれた経験は、一度や二度のことではない。“歌”というものについて考えるとき、いくつもの瞬間が懐かしい“声”とともによみがえってくる。たとえばそれは、子供の頃のこと。このページにたどり着いた多くの方が、かつて合唱を経験したことがあるのではないかと思う。比較的若い世代ならば、いきものがかりの「YELL」を歌った方もいるのではないだろうか。

映画『キリコのタクト〜YELL〜』本予告 【10月2日(金)公開】

 そんな名曲「YELL」をモチーフにした、新たな“合唱映画”が誕生した。鈴木京香が主演を務める『キリコのタクト〜YELL〜』である。音楽に魅せられた人々が世代を越え、固い絆で結ばれていく物語を描いた作品だ。映画館の暗闇に身を委ねてスクリーンを見上げると、音楽教師のキリコ(鈴木京香)がタクトを振る、心揺さぶる音楽の世界が広がっていく──。

なぜ「YELL」なのか? 物語と重なっていく歌詞のメッセージ

 物語は、小さな音楽出版社に勤める北村翔(藤原大祐)が、編集長の横澤恵美(小泉今日子)からある仕事を任されるところからはじまる。『音楽ジャーナル』の特集企画「伝説の音楽教師」でキリコを取り上げ、記事を書いてくれというのだ。キリコは赴任する先々で生徒たちを合唱コンクールで優勝に導き、“優勝請負人”とまで呼ばれるようになった、まさに伝説の音楽教師。そして、かつての翔の恩師でもある。

 ところが、現在の彼女は教職から退き、その消息を誰も知らないのだという。しばらく疎遠になっていた翔だって、先生がどうしているのか分からない。彼もまた遠いあの日、キリコに導かれて全国優勝を果たしたひとりだ。翔はかつての仲間たちと再会し、取材を重ねていく。そしてやがてそれは、じつは謎だらけだったキリコを探し出し、その素顔に迫る旅へと発展していくことになる。

 いきものがかりの「YELL」は、第76回NHK全国学校音楽コンクール・中学校の部の課題曲だ。この楽曲が登場する半年前に筆者は高校を卒業したため、一度も人前で歌うことはなかった。けれどもコンクールの課題曲になって以降、いたるところで若者たちの歌う「YELL」を耳にしてきた。あれから17年の時が経ったいま、「旅立ちの日に」や「COSMOS」といった歌い継がれ続く名曲、あるいはアンジェラ・アキの「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」などと並ぶ、卒業式の定番ソングでもあるだろう。

 〈「“わたし”は今 どこに在るの」と 踏みしめた 足跡を 何度も見つめ返す〉という歌い出しには、自分を見失ってしまいそうな迷いや不安を読み取ることができる。いっぽう、つい口ずさみたくなるサビの〈サヨナラは悲しい言葉じゃない それぞれの夢へと僕らを繋ぐ YELL〉には、それでも前を向こうとする姿勢が感じられる。果てしない未来を前に足踏みしてしまった経験は、きっと誰にでもあるだろう。その真っ只中にいる若者たちに寄り添おうとしているのが、この「YELL」なのだ。そして劇中で翔たちが夢中になって歌うのもまた、この一曲なのである。

「YELL」が翔たちの“人生の主題歌”になるまで

 キリコは少々、いや、かなり強引なところがある。翔の通う学校に赴任してくるなり、歌唱のポテンシャルを持った生徒を集め、合唱をやらないかと呼びかける。生徒たちの特徴を見抜いてはいるが、その心情までは見抜いていない。出会ったばかりなのだから、当然と言えば当然である。学園を舞台にした多くの人間ドラマでは、パワフルで型破りな教師が生徒たちを変えようとしてきた。もちろんそこでは反発だって生まれる。いち早く教師と仲良くなった生徒が夢中になって何かに打ち込む姿に、冷笑を向ける生徒だっているだろう。しかしこの作品は、そういったところからはじまるわけではない。誰もがすぐにキリコのもとで手を取り合うことになる。最初から最後までこの物語の核になっているのが、キリコの「音楽は素晴らしい」という考えと、この素晴らしい音楽をとおして豊かな時間を生きていこうという彼女の姿勢=生き方なのである。

 本作は現在の翔の視点を中心に、物語を進めていく。いや、これだと少し語弊がある。物語が進む時間軸は、一方向ではない。出版社勤めの大人になった翔が仲間たちと再会し、キリコと過ごした青春の日々を、何度も振り返っていくかたちで展開していく。追想するのは翔だけではない。同級生の花蓮(井頭愛海)、葵(田辺桃子)、そして慎吾(西垣匠)も一緒だ。学生時代を終えたからといって、不安や迷いがなくなるわけじゃない。むしろそれまで以上に、さまざまな局面で葛藤を抱えることになったりもする。翔たちにとって高校時代に出会った「YELL」は、言うなれば人生の主題歌でもあるのだろう。そのメロディが、リリックが、いつだって心に光を灯してくれるのだ。スクリーンを見つめる観客は、翔たちの青春の時間に触れながら、自分自身の“これまで”と“これから”に思いを馳せることになるはずである。

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