清水崇版『八つ墓村』は「金田一ではない」のか? 尾上松也が体現したより現代的な人間像

 このような改変がおこなわれる理由には、『八つ墓村』の原作小説が、ミステリーであると同時に、冒険物語や血筋の物語であり、怪談や因習の物語という、さまざまな要素を色濃く混ぜ合わせているという事実がある。映像作品のなかで、これらを十分に表現しようとすると、いわゆる“渋滞”が作中に発生してしまうことは必至だ。だからこそ、これまでのクリエイターは各要素をつまみながら、自分が見せたい部分をトリミングしてきたのである。

 であれば、今回の『八つ墓村』において、すでに作中に存在する怪奇要素や因習要素にフォーカスするというのは、アプローチとして当然あっていいはずである。これが許せないという意見があるとすれば、それは例えば、野村芳太郎監督版などが忠実な映画化であるという理解が前提にあるのではないだろうか。

 もちろん、今回の映画版の怪奇性が、表現として拙い、あるいは瑕疵があるという批判は成り立つので、そういう方向性での批判はあり得るはずである。しかし、「こんなものは金田一じゃない」と言い出すのだとすれば、これまでの多くの『八つ墓村』もまた、同じ文脈で批判しなければならないことになってしまう。間違いなく原作には、今回の映画版のような要素も存在するからだ。

 とはいえ、本作が原作から異なるところで面白がれる作品であることは間違いない。冒頭で恐怖のイメージが続くシークエンスや、不気味な村の神楽を延々と映し出したシーン、そして、霊障のような脅威に囲まれる場面などなど、映像作品だからこそ、そして清水崇監督だからこそ実現できた描写は数々ある。

 とくに滝藤賢一が演じる、作中の重要人物である“要蔵”が、桜並木の下を恐ろしい形相で走り抜けていくアイコニックな場面は、白眉のショットであることは確実である。野村芳太郎監督版の、山﨑努演じる要蔵の迫力に迫るものがあったといえよう。

 また、「手に負えない」と言ってしまう、金田一耕助を、尾上松也が演じている点も面白い。歌舞伎役者である尾上は、映画やドラマに異質な風を吹かせる俳優であると同時に、ユーモラスな演技において別格の存在感を放つ才能を持っている。とくにTVドラマシリーズ『さぼリーマン甘太朗』(2017年)では、歌舞伎の“顔”を活かした超絶的なギャグ演技を見せている。筆者は、その姿に思わず笑わせられながら「ここまでやるのか……」と戦慄もさせられるという、珍しい経験をしている。

 そんな尾上松也演じる金田一耕助は、飄々として情けなさも見せてくれる歴代の金田一像に、さらなる軽さと、どこか無責任な印象、そして共感性を色濃く加え、より現代的な人間像となっている。

 歴代の金田一耕助役もまた、さまざまな個性を発揮し、ファンを魅了してきた。個人的には、その錚々たる顔ぶれのなかでも本作の金田一は、“カッコよさをあえて追求していないカッコよさ”すらも追求していないように見えるところ、ところどころで優しさを見せつつ、無理なものは無理と言い出す、独特な弱さがお気に入りである。この金田一で、またもや「手に負えない」と言ってくれそうな『犬神家の一族』も観てみたいものだ。

■公開情報
『八つ墓村』
全国公開中
出演:尾上松也、奥智哉、堀田真由、高島礼子、滝藤賢一、小籔千豊、渋川清彦、髙嶋政伸
原作:横溝正史『八つ墓村 金田一耕助ファイル1』(角川文庫/KADOKAWA刊)
監督:清水崇
脚本:尾ヶ井慎太郎、清水崇
音楽:アントンジュリオ・フルリオ
主題歌:「DOOM」TMG(Tak Matsumoto Group)
原作:『八つ墓村 金田一耕助ファイル1』(横溝正史/角川文庫)
制作プロダクション:ダーウィン
制作協力:松竹撮影所
製作幹事・配給:松竹、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
製作:「八つ墓村」製作委員会
©2026「八つ墓村」製作委員会 ©Yokomizo Seishi/KADOKAWA
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/yatsuhakamura-movie
公式X(旧Twitter):https://x.com/yatsuhaka_movie/
公式TikTok:https://www.tiktok.com/@yatsuhaka_movie/

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