『閃光のハサウェイ キルケーの魔女』に通じる現代の国際情勢 凝縮された富野イズムを考察
1月30日より公開中の劇場アニメ『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』。同作は富野由悠季の小説を原作とした作品で、2021年に公開された『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の続編にあたる。
『ガンダム』もとより富野作品といえば、現実の政治問題に斬りこむポリティカルフィクション的な側面が大きな魅力だが、同作ではそのポテンシャルがこの上なく発揮されているように見える。村瀬修功監督が何を成し遂げたのか、具体的に作品の内容を掘り下げていきたい。
舞台となるのはシャアの反乱から12年が経ったU.C.0105。圧政を敷く地球連邦政府に対して、「マフティー」と呼ばれる組織が反旗を翻す。そのリーダーを務めているのがブライト・ノアの息子、ハサウェイだ。ギギ・アンダルシアとの出会いによってトラウマが蘇ったハサウェイは、精神的に追い詰められつつも、アデレード会議襲撃の準備を進めていく……。
作中の構図としては、地球を独占する特権階級としての地球連邦、マン・ハンターに弾圧される不法滞在者たち、そして環境問題の解決に向けて過激な活動を行う「マフティー」のあり方がそれぞれ描かれる。原作が1989年~1990年に執筆された小説とは思えないほど、現代社会を暗示した設定といえるだろう。
そしてアニメ版では、特に戦争描写や政治腐敗を描いた場面において原作以上のリアリティが生まれている印象だ。
まず冒頭では戦場の真っただ中で撮影されたビデオカメラによって、地球連邦のキンバレー部隊が反政府勢力による私設軍隊・オエンベリ軍を蹂躙する様子が映し出される。この場面にはまるで現実の戦場を切り取ったような臨場感があった。
またキンバレー部隊のアジトに踏み込んだハサウェイたちが、捕虜たちのあまりに凄惨な扱いを目の当たりにして言葉を失う場面も痛烈。さらに虐殺の模様を収めたビデオが報道機関の手に渡り、ニュースで報じられた後、連邦政府が圧力をかけるために裏から手を回すという描写にも生々しさがある。
こうしたシーンは原作小説にも存在しているが、アニメでは緻密な描写によって、同時代の世界情勢を連想せざるを得ないようなリアリティが与えられている印象。特に冒頭のキンバレー部隊による蹂躙シーンは、ロシア・ウクライナ戦争で拡散された兵士のボディカメラによる映像を連想させる部分があるように思われた。
そのほかオエンベリ軍の生き残りが、ハサウェイたちに向かって戦場の光景を報告する場面も印象的だ。彼女いわく、キンバレー部隊はモビルスーツで生身の人間を蹂躙していたという。
思えば1作目もそうだったが、同作はモビルスーツを政治性と切り離せないものとして描いている節がある。アクションシーンでモビルスーツの挙動が見えにくいほど画面を暗くしていることにも、モビルスーツを美化せず、“戦争の兵器”として描くという信念を感じられる。
こうした戦争描写自体は、『ガンダム』シリーズや富野作品に頻出するものだといえる。たとえば今回『キルケーの魔女』を観て想起したのは、『機動戦士ガンダムF91』の冒頭で描かれたシーンだ。そこでは市街地がモビルスーツの戦いの舞台となり、平和に生きていた一般市民たちが犠牲になっていく衝撃の光景が描かれていた。
すなわち『キルケーの魔女』は、『ガンダム』シリーズに通底する政治性を受け継ぎ、現代社会と地続きのものとして描いた作品といえるだろう。しかし同作の政治性はそれだけではなく、より広い射程を持っているようにも感じられる。それは一言でいうと、“富の独占”をめぐるテーマだ。