『ばけばけ』あまりにも美しかった“最終回”演出 朝ドラを楽しむ日常もまた愛おしい

 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』第13週「サンポ、シマショウカ。」は物語全体の折り返し週であり、同時に2025年最後の放送週。その週最後の第65話にて、トキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)が互いに胸の内に秘めていた思いを遂げた。いつものように散歩へと出かけて行くヘブンに、トキが勇気を出して声をかけた「私も、ご一緒してええですか?」は、ヘブンの心の内へと踏み出す愛の言葉だ。

 アメリカから遠路はるばるヘブンに会いにやって来たイライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)は、「踏み込まなきゃ、同じ関係のまま」と銀二郎(寛一郎)、錦織(吉沢亮)へと話していた。英語は聞き取れなくともイライザの思いの通じた銀二郎は、宍道湖畔でトキへと思いを伝える。たとえ、一緒になれないことが分かっていても。

 この第13週の素晴らしいところは、銀二郎とイライザが物語の“修羅場”を演出する、単なる恋のライバルとして登場するのではなく、思い切って踏み込む勇気を伝播しながら、知らず知らずの内にトキとヘブンの背中を押していることだ。

 イライザもまたヘブンの心の内へと踏み込んでいく。日本ではなく、どこかあたたかな土地で滞在記を今度は2人で、と。返答しないヘブンの表情に、イライザは確信へと変わり、手を離す。きっと、イライザはヘブンの書斎に入った瞬間、その予感はしていたのだろう。窓辺には、トキが描いた執筆をするヘブンの絵が吊るされていた。ヘブンが描いた三味線を弾くトキ。櫛に添えられた説明の絵。そこにあるのは、トキとヘブンの日常。ヘブンにとっての居場所。イライザはそっと涙を拭う。

 ダブルランデブーとなったこの日が、トキが女中になって初めての休日だということもポイントになっている。花田旅館で再び鉢合わせになった2組。旅館を出たトキとヘブンは、何となしに立ち止まり、ぎこちなく笑いあう。会話が弾まないヘブンがトキに言ったのは「おやすみなさい」。まだ明るいというのに。それがヘブンにとって、トキにとっての「また明日」になっていた。別れを惜しむように、お互いそっと振り返っては「フフフ」と笑う。目一杯に映し出されるトキ=髙石あかりの表情に浮かぶのは、笑顔と溢れる涙。ヘブンへの恋心にようやく気づいた、気づけた、その心情をセリフやナレーションではなく、髙石の芝居のみで伝えている。だからこそ、その2人の初々しいやり取りを、松江大橋を望む花田旅館から見ていた銀二郎はトキを諦めることを決心した。

 人を好きになれず、臆病だったヘブンも、特別な日常の中でトキという大切な居場所を見つけることができた。散歩の行き先は、宍道湖畔。眩しい夕陽がトキとヘブンを照らしている。ヘブンは距離を縮め、トキに手を伸ばしていく。遠慮するトキの手を引き寄せ、夕陽を背に帰路に立つ2人。それは心を閉ざしていた自分に正直になり、一歩踏み出したということ。『ばけばけ』は始まりから一貫して何気ない日常を描いてきた。緩やかに、その日常が特別で愛おしいものだということに気づくことがトキとヘブンの愛の形にしたのは、もちろんモデルとなっている小泉セツと八雲夫妻の世界観もあるだろうが、脚本のふじきみつ彦のなせる技でもあるだろう。『ばけばけ』はヒロインが大きな夢に向かって奮闘するような分かりやすい朝ドラでは決してないが、それでも多くの視聴者の胸を打ちながら、こうして朝ドラを楽しみにしている日常も愛おしい日々であることを伝えている。

 タイトルバックをラストに持ってくる朝ドラの最終回演出で幕を閉じた第65話は、次週の予告はなく、次回は新年1月5日の放送であることだけが伝えられた。全体構成として、トキとヘブンが手を取り合いながら歩き出すラストを、年末年始を跨ぐこの日に持って来たのは計算の上だと思うが、特筆すべきは主題歌を務めるハンバート ハンバートが『第76回NHK紅白歌合戦』に出演することだ。「笑ったり転んだり」のステージには、ゲスト審査員として出演する髙石だけでなく、ヘブン役のトミー・バストウも登場。第65話を経ての、〈君のとなり歩くから 今夜も散歩しましょうか〉のフレーズは、聴こえ方が全く違うだろう。

 新年から始まる後半パートでは、第1話冒頭で描かれていたトキがヘブンへと怪談『耳なし芳一』を聴かせていた未来へと向かっていく。ヘブンはトキを「ママさん」と呼び、すでにいくつかの著書を出した後。そして、史実では有名な話だが、上京する2人が住むのは東京の大久保となる。思い浮かぶのは、銀二郎の姿。いつかの約束、怪談『牡丹燈籠』をトキとヘブン、そして銀二郎とで聴きに行くシーンが描かれてほしいと思う。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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