『まどマギ TV Edition』の“変更点”を総括 差異とループの再構築は“ワルプルギスの夜”へ
あらゆるテイクが混在する『TV Edition』
TVシリーズと劇場総集編という二つの世界を統合しようとする際、映像の差異と並行して、決して看過できない要素がもうひとつある。それが、声優の芝居──すなわち、アフレコの違いである。『TV Edition』においては、映像の混在と同様に、音声の混在もまた水面下で進行しているのだ。
周知の通り、劇場総集編では全編にわたってセリフが新録され、主演声優による芝居もTVシリーズから大きく変わっている。新房監督が劇場総集編を「もう1〜2回ループした世界」として構想した以上、その演技の質感がTVシリーズと異なるのは偶然ではない。同じキャラクターが同じセリフを発しているはずなのに、それが「別の世界線に属する彼女たちの声」として響くように、あらかじめ設計されているのである。
ただし、ここにはひとつの例外が存在する。劇場総集編において、ほむらの過去が語られるオリジナルの世界線にあたるエピソードのみは、TVシリーズのアフレコ音声がそのまま使用されているのである。この点について新房監督は「既にあった出来事であり、新たなループとは関係がない。だから新たにアフレコをし直す意味付けもない」と説明している。ことほどさように、音の設計そのものが、作品のループ構造と密接に結びついていることが読み取れる。
それでは、今回の『TV Edition』において音声はどのように設計されているのか。まず、基本的な方針としては劇場総集編において再アフレコされた音声が全体的に採用されている。しかし、すでに確認してきたように、『TV Edition』はTVシリーズにしか存在しない映像カットが部分的に復元されている。そのため、映像がTVシリーズへと回帰する箇所では、音声もまた必然的に2011年のものへと巻き戻されることになる。
たとえば、『TV Edition』第7話「あたしって、ほんとバカ」において、ソウルジェムが穢れて精神的に蝕まれていく美樹さやかが、ほむらと対峙する場面は、劇場総集編では丸ごと省略されたシーンである。『TV Edition』ではこの場面が再び挿入され、その際に用いられている音声は、再録ではなくTVシリーズ当時のものである。ここでは、映像と同時に、声もまた2011年へと引き戻されているのだ。
その結果として生じるのが、ひとつの話数の内部で、劇場総集編の声からTVシリーズの声へ、さらに再び劇場総集編の声へと移行していくという不思議な聴取体験である。声の質感、間の取り方、感情の表現が、場面の切り替わりとともに微妙に変調していく。それはまるで、物語の進行と並行して、世界そのものが複数回切り替わっているかのような感覚を視聴者に与える。
この音声の混在は、一見すると編集上の都合として片づけられるものかもしれない。しかしながら、声はキャラクターの存在感を最も直接的に支える要素のひとつであり、視聴者はその差異に対して驚くほど敏感である。『TV Edition』において生じる声の違いは、映像と同等に印象強く、作品内部に複数の世界線が重なり合っていることを身体感覚のレベルで視聴者に意識的にも無意識的にも与えることになる。
差異と反復の視聴体験
すでに明らかなように、『TV Edition』は、一般的な再放送でも、劇場総集編をそのままTVのフォーマットに組み直したものでもない。2011年のTVシリーズと2012年の劇場総集編という二つの既存バージョンのあわいに存在する作品であり、いまだかつて誰も見たことのなかった新しい『まどか』である。この点にこそ、『TV Edition』の最大の特徴がある。
また、『TV Edition』がもたらす異質さは、特定の世代や視聴経験にだけ向けられたものではない。2011年にTVシリーズをリアルタイムで体験した視聴者にとっては、見覚えのある映像が微妙に姿を変えて戻ってくる体験として受け取られるだろう。一方、劇場総集編を通して作品に触れた観客は、完成されたはずの映像世界に、見たことのないシーンが入り込んでいるように感じられるはずである。そして初めて『TV Edition』で『まどか』に触れた視聴者にとっても、後から過去のバージョンを見れば、その違いにきっと驚かされることになるだろう。
この多様な視聴経験を象徴する存在として、お笑い芸人・狩野英孝による副音声のコメンタリー企画も含めることができるかもしれない。狩野の「ガチ初見」のリアクションは、作品そのものに加えて、他者の視聴体験がひとつの鑑賞レイヤーとして組み込まれている。映像や音声に刻まれた世界のズレは、副音声という現在進行形の反応を通して、視聴者自身の受け取り方も変容するのである。
以上を踏まえると、『TV Edition』は、過去のバージョンを整理して完成形を提示するための作品ではないことが分かる。TVシリーズ、劇場総集編、そして『TV Edition』──これら三つは互いを参照し合いながらも、完全に重なり合うことはない。新規カットに限らず、細部の修正や音声の混在に至るまで、『TV Edition』は統一されたひとつの物語を構築することを目指しておらず、むしろ本作が照らし出すのは、差異の積み重ねによって形作られた多層世界の姿である。反復される世界のあいだに生じるズレや揺らぎをそのまま視聴体験として再演すること──そこにこそ、本作が「再放送」という形式を通じて示した、『まどか』ならではの意義深さがある。
参照
※https://www.mbs.jp/madoka-magica/
■放送・配信情報
『「魔法少女まどか☆マギカ 始まりの物語/永遠の物語」TV Edition』
MBS/TBS系にて、毎週日曜17:00〜放送中
放送終了後、TVer・MBS 動画イズムにて配信
原作 :Magica Quartet
総監督:新房昭之
脚本:虚淵玄(ニトロプラス)
キャラクター原案 :蒼樹うめ
監督:宮本幸裕
キャラクターデザイン:岸田隆宏、谷口淳一郎
異空間設計:劇団イヌカレー
音響監督:鶴岡陽太
音楽:梶浦由記
アニメーション制作:シャフト
主題歌
オープニングテーマ:「コネクト」ClariS
エンディングテーマ :「Magia」Kalafina
キャスト:悠木碧、斎藤千和、水橋かおり、喜多村英梨、野中藍、加藤英美里
©Magica Quartet/Aniplex,Madoka Project
公式サイト:https://www.madoka-magica.com/tv/
公式X:https://x.com/madoka_magica