『ばけばけ』が令和の時代の朝ドラである大きな意味 “面影”を愛する主人公たちの煌めき

 「ガンバレ、オジョウサマ。」。朝ドラことNHK連続テレビ小説『ばけばけ』第11週のサブタイトルはリヨ(北香那)中心のように見えるものだが、中身はヘブン(トミー・バストウ)中心の、かなり重いものだった。第10週「トオリ、スガリ。」の意味が語られた。

 ヘブンが日本に来てはじめてのお正月。リヨははりきってヘブンを家に招き、求婚する。だが、ヘブンはひとつの場所に定住することはできない、つまり、結婚もできないと言う。そういう思いに至ったのは、過去の体験からだった。

 そこから2回にわたってヘブンの回想になる。場所はシンシナティ。ヘブンはそこでマーサ(ミーシャ・ブルックス)と出会う。優しく気のいい彼女にヘブンは惹かれ、プロポーズするが、シンシナティでは人種の違う者同士の結婚が禁じられていた。ヘブンは気にせず結婚を推し進めたが、そのせいで、新聞記者としての仕事がなくなってしまう。

 精神的に参ってしまったマーサが傷害事件を起こし、そこからは生活が激変。ヘブンは彼女を愛しぬくことができなかった。その過去がのしかかり、ヘブンは誰とも深く関わらないようになった。

 第52話、第53話の舞台はシンシナティで全員、外国人。英語のセリフが中心になった。日本語訳は字幕と、時々、ヘブンの話を錦織(吉沢亮)が通訳する体(てい)で日本語の音声が流れるのみ。戸惑う視聴者もいたことだろう。だが、橋爪國臣チーフプロデューサーはこんなふうに考えていた。

「『ばけばけ』は最初から、吹き替えはせずに、ちゃんと生のヘブンの声を出そうとは決めていました。もちろん第11週はたぶん日本のテレビドラマ、あるいは朝ドラとは思えないくらいの英語のセリフ量で、延々と字幕のため、朝の忙しい時間帯に見るのは大変かもしれませんが、いまは、テレビドラマの見方も多様化していますからゆるしていただけるかなと思っています。それに、トミーの芝居は吹き替えたら台無しになると思うんです。彼のお芝居の魅力を見ていただくために思い切って字幕でいくことを決断しました」(※1)

 朝ドラはもはや朝の支度をしながら主婦が観る番組ではなくなって、もっと多くの見られ方をしているのだ。

 余談だが、公式Xで紹介されていたミーシャの動画では、彼女はまるで日本人のような自然な発音で日本語を話していた(※2)。日本に留学した経験もあるそうだ。つまり彼女のような外国人が複数いれば、まるで吹き替えのように、外国人が日本語で演じることも可能かもしれない。そこに意味があるかはわからないが、日本人が外国に出ていって英語で芝居をするのと同じようなことが日本でも行われるようになってもいいのではないだろうか。いや、そのうちAIが進化したら、その人の声やニュアンスで多言語に置き換えることも可能かもしれない。

 閑話休題。人間同士、なかなか深く交われないことに絶望したヘブンは、人と距離をおくようになった。自分自身が生まれたときから家族をはじめとして共同体に根付くことができず、それがマーサとのことではっきりしたのだろう。世界には自分よりも差別されている人が存在し、彼らに自分は何もできないという無力感。自分が差別する強者の側に回ることもあると考えたら、誰とも深く関わらず、ひとりでいようと思う気持ちはわからなくもない。誰かと関わったら、ほかの誰かを損なうことになる危険性もあるからだ。

 このヘブンの考え方は彼(あるいはモデルであるラフカディオ・ハーン)がなぜ西洋化する以前の日本に興味を持ったのかと密接に関係しているだろう。著書のタイトルでもある『知られぬ日本の面影』という「面影」。それは多数派の影になって見えなくなりがちなものたちだ。

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