英語圏インターネットはどう受け止めた？

　英語圏全体の評判として、まず押さえておきたいのはテレビ版『チェンソーマン』の受け止められ方だ。日本と同様に感想は賛否が分かれたが、翻案の仕方が議論の的となっていた日本とは異なり、英語圏では主にキャラクター造形などの部分が焦点となっていた。そのため、監督の交代などを経た『レゼ篇』では非常に巧みなキャラクター造形とストーリー展開が披露されたことで、欠点のない翻案になっていると称賛する感想が多かった。公開直後は原作単行本1巻の表紙に対するオマージュが込められたシーンも大きく話題になっていた。

　また、「属性をもとに社会に搾取される人々」というテーマが巧みに描かれている点もヒットの一因と考えられる。デンジは貧困をなんとか脱するために公安に加入した時点から、他に選択肢がないために生命が危ぶまれる仕事を続けざるを得ない事情がある。また、教育や常識の欠落からデンジは必然的に欲望に忠実に動くことしかできないが、マキマはデンジのそうした欲望を利用して、グルーミングともいえるやり方で彼を手駒にしている。レゼも同様で、ソ連の「秘密の部屋」で人間性を剥奪され、訓練された「演技」でデンジに近づいていくレゼにとっても、本作は彼女自身が初めて自分の意志で未来を選び取ろうとする物語という側面を持つ。

　そういったテーマが、いわゆる「社会派」として売り出されているわけでもない日本の商業アニメでここまでうまく表現されていることも少ない。絵面の派手さやショッキングさばかりではないそうしたナラティブの深みもあり、英語圏のSNSでは作画ファンのみならず物語重視のファンからも称賛が向けられているようだ。

　また、映画を観た感想として非常に多く見られたのが音楽への言及であった。YouTubeやTikTokなどの動画サービスではマキシマム ザ ホルモンの「刃渡り2億センチ（全体推定70％解禁edit）」がいかに戦闘の迫力に寄与していたか（フル尺が早く聴きたいのは全人類共通だ！）、プールのシーンで流れる牛尾憲輔の「in the pool」がいかに映画に雰囲気を持たせていたかなどを語る動画が数多く見られた。SNSでは本作の劇伴が『聲の形』『ダンダダン』などと同じ作家によるものだということを知って驚く感想も多かった。

まとめ

　『チェンソーマン』は派手でクールなビジュアルの裏で、「選択肢が与えられないことの理不尽さ」といったミクロなものから「未成熟な少年少女の搾取」のようなマクロな問題まで、多くの批評的なテーマを抱えている。国が違ってもそうした問題は無関係のものではなく、むしろアメリカにおける銃暴力の問題など、違う国のオーディエンスだからこそ共感できるテーマも少なくない。そうした点で、『レゼ篇』のヒットは藤本タツキや𠮷原達矢をはじめとした制作陣の技術の高さのみならず、アニメというメディアが描けるものの普遍性を感じられる現象だったといえる。第一部の物語も大詰めを迎えてくる今後のアニメ展開に（太平洋の反対側からも！）期待が寄せられる。

参照
※1. https://www.oricon.co.jp/news/2415840/
※2 .https://press.moviewalker.jp/news/article/1134066/

■公開情報
劇場版『チェンソーマン レゼ篇』
全国公開中
キャスト：戸谷菊之介（デンジ）、井澤詩織（ポチタ）、楠木ともり（マキマ）、坂田将吾（マキマ）、ファイルーズあい（パワー）、高橋花林（東山コベニ）、花江夏樹（ビーム）、内田夕夜（暴力の魔人）、内田真礼（天使の悪魔）、高橋英則（副隊長）、赤羽根健治（野茂）、乃村健次（謎の男）、喜多村英梨（台風の悪魔）、上田麗奈（レゼ）
原作：藤本タツキ『チェンソーマン』（集英社『少年ジャンプ+』連載）
監督：𠮷原達矢
脚本：瀬古浩司
キャラクターデザイン：杉山和隆
副監督：中園真登
サブキャラクターデザイン：山﨑爽太／駿
メインアニメーター：庄一
アクションディレクター：重次創太
悪魔デザイン：松浦力／押山清高
衣装デザイン：山本彩
美術監督：竹田悠介
色彩設計：中野尚美
カラースクリプト：りく
3DCG ディレクター：渡辺大貴、玉井真広
撮影監督：伊藤哲平
編集：吉武将人
音楽：牛尾憲輔
配給：東宝
制作：MAPPA
主題歌：米津玄師「IRIS OUT」（Sony Music Labels Inc.）
エンディングテーマ：米津玄師、宇多田ヒカル「JANE DOE」（Sony Music Labels Inc.）
©2025 MAPPA／チェンソーマンプロジェクト ©藤本タツキ／集英社
公式サイト：https://chainsawman.dog/
公式X（旧Twitter）：@CHAINSAWMAN_PR