松たか子のことを考え続けた3カ月間 『しあわせな結婚』が提示した“結婚の幸福”
ドラマ『しあわせな結婚』(テレビ朝日系)が最終回を迎えても、まだふわふわとした余韻が残っている。なかでも、ネルラ(松たか子)という女性について考えずにはいられない。
ネルラは最初から不可解で、どこか神秘的だった。幸太郎(阿部サダヲ)が50年間貫いてきた独身主義を破ってまで結婚したいと思わせた女性。その理由は、彼女の突拍子のなさにあったように思う。
出会いの場でいきなり紙袋を差し出して姿を消したネルラ。中に入っている手紙や大金を見れば、もともと別の目的で用意されていたものだと明らかだ。それにもかかわらず、幸太郎にプレゼントせずにはいられなかったという、その衝動性。真似しようとしても簡単にはできない行動だ。
また、叔父の考(岡部たかし)が焼いたクロワッサンを、パンくずが落ちるのも気にせずがつがつと食べる姿も印象的だった。普段、美術教師として生徒たちの前で見せる冷静な佇まいとのギャップに思わず目を見張る。
家族での食事シーンで好物のれんこんについて語りながら「幸太郎さんも好きよ、れんこんより好き」と大胆に言い放つ場面も、周囲を唖然とさせた。『しあわせな結婚』の先の読めなさは、そのままネルラという女性の思考の読めなさとリンクしているようだった。
なかでも視聴者を驚かせたのは、張り込みをしていた刑事の黒川(杉野遥亮)に向かって「15年前から、ずっと忘れられなかったのね、私のことが」「好きなの?」と問いかける場面だ。15年前にネルラの婚約者・布施夕人(玉置玲央)が不審死した件を再捜査していた黒川。ネルラを執拗に追い続けたことで憎まれ口を叩かれることはあっても、まさか恋心を指摘されるとは思っていなかっただろう。普段クールな黒川が思わず動揺してしまうほどのインパクトがあった。
そんな大胆な行動を見せる一方で、肝心なときに口をつぐむのもネルラの特徴だ。幸太郎が黒川との関係や15年前の事件について尋ねても、「今は言えない」と拒む。弟のレオ(板垣李光人)の誘拐未遂事件についても、父の寛(段田安則)と一緒でないと話せないと、幸太郎をやきもきさせる。デリケートな話題をうまく伝えられないという不安は誰にでもある。しかし、それにしてもネルラの行動は幸太郎にとっても、いや視聴者にとっても理解しがたいところがあった。
寛の体調が悪化したとき、とっさに近くで張り込みをしていた黒川に助けを求める場面には、視聴者から疑問の声が上がった。もちろんそのモヤモヤを一番抱えたのは幸太郎だ。なぜそんなピンチのときに思い浮かぶのが俺じゃないんだ、と。これほど共感を得にくいヒロインも珍しい。
それは、ネルラを45歳の大人の女性として見ていたからかもしれない。彼女の心の年齢がもっと幼かったとしたらどうだろう。思ったままのことを口にし、目の前のことでいっぱいいっぱいになり、守ってくれる人にとっさに頼る。職場という場所では切り替えられても、家に帰ると素の自分が顔を出す――そんな少女のままの一面があったとしたら……。
例えば、ネルラの母親が亡くなったあの日。ネルラの心がどこか現実に追いつかなくなってしまったとしたらどうだろう。ネルラの名前は、母親が好んだ宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場するカンパネルラに由来する。カンパネルラは主人公ジョバンニを魅了しつつ、心の内が読みにくい友人として描かれている。そして呟くのだ。「お母さんは、ぼくをゆるしてくださるだろうか」と。
ネルラの母は、弟のレオを産んだ際に亡くなった。その翌年には、もうひとりの弟・五守も沖に流されてしまう。五守が母を失って毎日泣いていたため、ネルラと考が海に連れ出したことがきっかけだった。大切な人の死を受け入れるのは簡単ではない。良かれと思ってしたことが裏目に出た結果ならなおさらだ。ネルラの心に落とされた大きな大きな影。家族はそんなネルラを気遣い、守ろうと必死になっていたのではないだろうか。