今田美桜&北村匠海、二宮和也&松嶋菜々子 『あんぱん』が描く多様な“愛のかたち”
清(二宮和也)&登美子(松嶋菜々子)
主人公を支えるもう一組が、嵩の両親・清と登美子だ。物語が始まった時点で清はすでに亡くなっており、登美子も息子と離れて暮らしている。つまり彼らは“現在進行形の夫婦”ではなく、“記憶と不在の夫婦”として描かれる存在だ。
それでも、二宮和也が演じた清は強く心に残る。文学や芸術に親しみ、息子に自由な発想を託した父親。清の「やりたいことをやりなさい」という温かい眼差しは、嵩の芸術的才能や独創的な感受性の根っこになった。一方の登美子は松嶋菜々子らしく品格と奔放さを併せ持つキャラクター。息子を親類に預けた選択は孤独を与えたが、同時に精神的な自立を促したとも言える。夫婦としての描写は短くとも、残された“愛の遺産”は物語全体を支える基盤となっている。
清と登美子の愛には、形を失ってなお息子を導き続ける過去から続く“温もり”を感じる。目に見える夫婦愛ではないが、嵩の生き方やのぶとの絆にまで影響を与えている。
蘭子(河合優実)&八木(妻夫木聡)
視聴者の関心を集めているのが、のぶの妹・蘭子と、嵩の元上官・八木だ。まだ夫婦ではないが、戦争が奪った悲劇を共有することで強い絆を結んでいる。
蘭子は、かつて愛した人に「絶対帰ってくる」と言われながら、その約束が果たされず失意を抱え続けてきた。一方、八木も「絶対生きて帰る」と誓いながら、帰郷したときには妻子を空襲で失っていた。2人とも絶対という言葉を信じられなくなった過去を持っている。だからこそ、彼らの間に流れるのは未来を誓う愛ではなく孤独を理解し合う愛だ。雑貨店を営む八木を蘭子が手伝い、ときに軽口を交わしながらも、互いの傷を知る者同士として寄り添う姿には、夫婦未満の関係ならではの温度がある。
河合優実の瑞々しい存在感と、妻夫木聡の落ち着いた演技が組み合わさることで、この2人は“結ばれるかどうか”という一点に留まらない。むしろ夫婦になる前の揺らぎそのものが見どころだ。視聴者にとっては、今後どう展開するのか最も気になる関係性であり、互いに心の傷を抱えながら寄り添う2人の姿は、恋愛のときめきと同時に、人生を共に背負える相手を探し当てていくような重みをも孕んでいる。まだ形を定めていないからこそ、彼らがどんな“夫婦像”を築いていくのかを見届けたいという期待感が膨らんでいくのだ。
1つのドラマにこれほど多様な愛のかたちが同居するのは珍しい。だからこそ視聴者は、毎朝それぞれの関係性に心を動かされ、物語の厚みを感じ取ることができるのだ。
『あんぱん』は“正義のヒーロー誕生秘話”であると同時に、“愛の群像劇”でもある。夫婦という枠組みを通じて、愛が時代を超えて残り続けることを丁寧に描き出しているからこそ、多くの人々に支持されているのだろう。
■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK