『あんぱん』にちりばめられた“向田邦子”の気配 嵩のモデル・やなせたかしとの深い縁

 そもそも朝田家が石材屋であることが向田邦子ドラマを意識している。吉田鋼太郎が「釜次はテレビドラマ『寺内貫太郎一家』(1974年)で小林亜星さんが演じた頑固親父のイメージがあるそうなのですが」と語っていた。この『寺内貫太郎一家』は石材店を営む一家のホームドラマで、くら役の浅田美代子がお手伝いさん役で出ていたのだ。(※)

 第1週で父・結太郎(加瀬亮)が旅立つとき、のぶに帽子をかぶせる場面や、第113話で、羽多子(江口のりこ)やのぶや蘭子が帽子をかぶるのは、『あ・うん』(1980年)や『続あ・うん』(1981年)を意識しているかもしれない。酔って帰った主人が妻に帽子をかぶせるシーンや、娘が大学生から頭に帽子を乗せてもらうシーンがある。小説版だとその匂いや質感の描写の細かさ、帽子をかぶったことで恋を意識する心情などが見事である。

 男性の強さや包容力の象徴のような帽子を女性がかぶることで、独特な関わりあいの強さを感じさせる。『あんぱん』で帽子は朝田家の父の形見として末永く残り、のちに嵩の漫画『ボオ氏』とも繋がっていく。

 同じく、戦後になってものぶが大切に持ち続けるラジオ。千尋(中沢元紀)が朝田家に譲ってくれたものだが、『あ・うん』では語り部である娘の父の大事な友人がラジオを持って訪問する。

 第112話、蘭子が八木(妻夫木聡)にいちごジャムの瓶のフタを開けてもらう場面も向田の『阿修羅のごとくII』(1980年)を思い出す。四姉妹の長女で後家に愛人がいて、その人に固くて開かないびんのフタをあけてもらうことがあると妹に話している場面があるのだ。愛人といっても生々しいことだけでなく、そんなたわいのないことをやってもらうだけのこともあるという話だ。是枝裕和監督のNetflix版『阿修羅のごとく』では長女(宮沢りえ)が愛人(内野聖陽)に瓶の蓋を開けてもらう。こっちはなかなか開けられないが『あんぱん』の八木は一瞬、苦戦するが、すぐに開けていた。

 このように『あんぱん』のあちこちに感じる向田邦子オマージュ。もちろん、これは向田邦子を知らない、あるいは興味のない視聴者には関係のない話である。

 『あんぱん』第23週では行方知らずだったヤムおんちゃん(阿部サダヲ)の消息がわかり、彼の心のなかにいまだに刺さっている戦争のトゲを抜くことのできるような作品を作りたいと嵩が決意を新たにする。

 ちょうど終戦の日のエピソードとして書かれたこともあって、戦争を生き延びた者の責任を感じると同時に、戦争のみならず、志半ばで亡くなっていった人たちの想いを生き残った者たちは背負っていくのだとも感じた。それはまだまだ活躍を期待されていたときにふいに消えてしまった向田邦子という作家を思い出す断片の数々を『あんぱん』に見たからだ。

 やなせたかしは94歳まで生き、ひじょうに長寿であった。彼は自分より先に亡くなっていった多くの人たちを見送りながら、その人たちの分まで創作活動を続けたのだろう。

参考
※ https://diamond.jp/articles/-/363004

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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