映画ライターSYOが深掘り! 『不思議の国でアリスと』篠原俊哉監督×柿原優子SP対談

「『不思議の国のアリス』は後世の人が新たな考えを入れやすくなっている」

篠原:今回改めて思ったのは、『不思議の国のアリス』は哲学的な内容に思える瞬間もあるけれど、実は空洞だらけだなあということです。貫いているストーリーや強固なテーマが特にあるわけではなく、一種のロードムービーのよう。だからこそ後世の人が新たな考えを組み込みやすい構造になっているのではないかと。まあ結局、そこに何を組み込むかで苦労してしまったのですが(笑)。そんななか、ターニングポイントになったのが、りせがジャバウォックに変身すること、そして透明になることです。りせってアニメの主人公としては地味ですよね。初期はCAを目指しているとか、ある過去が原因で心に傷を負っている等の案もあったのですが、「連戦連敗の就活生」をメインに据えて全て取り去ったのです。キャラクターデザインについても「最大公約数的なファッション」と個性を消す方向でしたから、どこかでアクセントをつけなきゃなと思っていました。「ジャバウォック/透明になる」アイデアを思いついたときは苦し紛れな部分もあったのですが、就活で苦労した方の「何度受けても落ちる状態が続くと自分が透明人間になった気がする」という話を聞いて、この選択は間違ってないと元気づけられました。

SYO:おっしゃる通り、主人公の匿名性が強まったのは非常に上手く機能していると感じました。冒頭、企業からの“お祈りメール”を見つめるシーンなど就活生のリアルなストレスが描かれますよね。りせ自身が特別なスペックを持っているわけではないからこそ、観客が自分たちの分身として投影できるのではないかと。一種のアバター的な感覚であり、本作の現代的な設定ともリンクしていると感じます。白ウサギがタイパ重視の設定など、ワンダーランドの住人にも“いま感”がありますよね。

柿原:各キャラクターには、現代の問題点を乗せたいと思っていました。本作では「りせがワンダーランドを訪れてからは回想を一切使わない」という縛りを課しており、となるとりせが就活で何を具体的に悩んでいて、何が響くのかの背景が可視化できないんですよね。となると、ワンダーランドの住人たちとの現在進行形のやり取りの中から炙り出さないといけない。白ウサギが時間に追われてタイパの意識に取りつかれていたり、青虫が美容系インフルエンサーなのも、りせが象徴する「現代の女の子が悩んでいるもの」というテーマを反映させたものです。

篠原:原作では青虫は水タバコを吸っていますが、本作では現代アレンジの一環として加湿器になっています。これはキャラクター原案の鈴木純さんのアイデアで、そこから「美容に興味がある」という設定が肉付けされていきました。

SYO:「回想シーンを使わない」理由は、現実に引き戻されることでワンダーランド感がなくなってしまうからでしょうか。

柿原:そうです。回想を入れれば伝わりやすくはなりますが、安易な方法であるぶん強度はそこまでないでしょうし、仰るように一遍に現実に引き戻されてしまう危険性もあるため思い切って抜きました。

篠原:大前提として、この映画を観に劇場まで足を運んでくださる方々は「楽しみたい」が一番強いと思います。先ほどの柿原さんの「説教臭くしない」という言葉にも通じますが、まずは楽しんでいただいて、そのうえで奥にあるテーマ性が香ってくればいいと思っていました。

SYO:確かに。個人的には冒頭の「キャンディを瓶に無理やり入れる」シーンが音響効果含めて鮮烈でしたが、あれも「何かしら不穏な空気を匂わせる」くらいに留めていますね。

篠原:そうですね。瓶は象徴的なものとして使っており、この映画がどういう物語かを謎かけ的な形で提示しています。単純に楽しんでいただきたい映画ではあるけれども、ちょっと違う要素もあるよというくらいに受け止めていただき、興味のある方はいろいろと深掘りしてもらえたらと思います。

柿原:そういった意味では、序盤のワンダーランドに行くまではかなり慎重に作りましたよね。セリフで言いすぎないように気を付けつつ、画だけで説明できるような「りせがスマホゲームでゾンビをひたすら倒し続ける」という彼女の暗い日常を感じさせるシーンを入れたり、引き算で考えていきました。

篠原:ワンダーランドの施設が地方にあるのも理由があります。渓谷沿いの電車に乗せたり、車で会話しながら少しずつ高いところに連れていくことでりせを東京という日常のしがらみから切り離していく――という流れも慎重に組んでいきました。

“答え”を手放して生まれた、唯一無二のアニメーション体験

SYO:柿原さんは本作に寄せたコメントで「何度も不思議の国で迷子になりました」と仰っていましたが、おふたりのお話を伺ってイレギュラーな中での作品作りをされていたことがよくわかりました。まさにりせやアリスと一緒に旅をしている感覚だったのですね。

柿原:そうですね。普段なら必ず答えを見つけて「こういう意味だからこういうことが起きてこういうメッセージが込められている」といったことを理路整然と作っていくことが多いですが、今回は篠原監督が「様々な意見があっていいんじゃないか。多様な見方ができるのは原作の魅力でもあるし、一つの答えに辿り着くようにきっちり作らなくていい」と言って下さって、救われました。普通、物語は明確に言うか言わないかは別として、作り手は答えを持っているものです。でも今回は多少の揺れなり多様な受け取り方があっていいと言ってもらえたことで、安心して迷子になることができました。最終的には、それが『不思議の国でアリスと』ならではの特徴になった気がしています。

篠原:俺、そんないいこと言ってたのか(笑)。やっぱりアニメーションはエンターテイメント寄りだと思うので、どうしてもわかりやすさや楽しさが優先されるなかで全部回答を提示していくやり方が一般的かと思います。でもそれって結局、受け取り手が一通りの見方しかできなくなってしまう。そうじゃなく、観る方向が違えば見方が変わって、一個人の中でも観る時期や心情に合わせて受け取り方が変わるような映画がやっぱり豊かなんじゃないかと思うのです。『不思議の国でアリスと』もそういった作品になるといいな、という願いを込めて作りました。

■公開情報
『不思議の国でアリスと -Dive in Wonderland-』
8月29日(金)全国公開
キャスト:原菜乃華、マイカ・ピュ、山本耕史、八嶋智人、小杉竜一(ブラックマヨネーズ)、山口勝平、森川智之、山本高広、木村昴、村瀬歩、小野友樹、花江夏樹、松岡茉優、間宮祥太朗、戸田恵子
原作:『不思議の国のアリス』(ルイス・キャロル)
監督:篠原俊哉
脚本:柿原優子
主題歌:SEKAI NO OWARI 「図鑑」(ユニバーサル ミュージック)
アニメーション制作:P.A.WORKS
配給:松竹
製作幹事:松竹、TBSテレビ
©「不思議の国でアリスと」製作委員会
公式サイト:https://sh-anime.shochiku.co.jp/alice-movie/
公式X(旧Twitter):@alice_movie2025

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