『しあわせな結婚』阿部サダヲはなぜ松たか子に惹かれたのか 幸太郎の心理を読み解く

 阿部サダヲが主演を務めるドラマ『しあわせな結婚』(テレビ朝日系)は、夫婦の愛を問う新感覚のマリッジ・サスペンス。先の読めないストーリー展開が話題を呼んでいる。本稿では、阿部演じる主人公・幸太郎の人物像に焦点を当てつつ、本作の見どころや今後の展開について探っていきたい。

独身主義を貫いてきた幸太郎が謎多き女性・ネルラに惹かれたのはなぜか

 まず注目したいのは、長きにわたり独身主義を貫いてきた主人公・幸太郎(阿部サダヲ)が、ひょんなことから出会った女性・ネルラ(松たか子)との結婚を決意した理由だ。第1話にて、討論番組の出演中に突然不調をきたして倒れた幸太郎は、搬送された病院で偶然出会った女性・ネルラに運命を感じ、まさかの電撃結婚を果たす。

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 ここで改めて強調しておきたいのは、幸太郎がそれまで独身を貫いてきた理由は単に結婚の機会に恵まれなかったからではなく、むしろ独身という生き方を自ら選び取ってきた、強い意志があったということだ。加えて、彼は普通のサラリーマンではなく、世間の注目を集める大事件の裁判で無罪を勝ち取るかたわら、テレビ番組でも活躍するスター弁護士。公益を守るために論理と理性を何より重んじる彼は、感情に流されるような人物にはとても見えない。そんな彼が突然、年貢を納める気になったのはなぜなのか。そこには、身体の不調による一時的な不安や孤独感だけでは片づけられない、なにか複雑な心理が潜んでいるように思える。

 ここで、幸太郎の心を射止めた女性、松たか子演じるネルラについても触れておこう。幸太郎が一般的な男性とは異なる立場や価値観を持つ人物であることは先に述べたが、一方のネルラもまた、いわゆる一般的な女性とは一線を画す風変わりな存在といえるだろう。

 あらゆる場面において、ネルラの行動には論理的な説明がつけられない、妙な隙間や違和感がある。例えば、彼女が入院中の幸太郎と初めて顔を合わせたエレベーターのシーンはまさに象徴的だ。偶然同乗した幸太郎に対してためらいもなく、大事なものが入った紙袋を押し付けるようにして渡す、突飛すぎるその行動。次に何を言い出すか、何を始めるかわからない、気まぐれな猫のような雰囲気がネルラにはある。その様は、ネルラ自身が秘密を抱えているというより、むしろ秘密そのものが人に宿っているようでもある。

 そんな謎めいた女性に、弁護士として合理的思考を重んじるはずの幸太郎が惹かれたのはなぜだろう。それは、単に異性としての魅力を感じたからという以上に、彼女の存在ににじむ掴みきれない曖昧さが、法律家として物事に白黒をつける日々の中で、逆説的に生を感じさせるものだったためなのではないだろうか。説明のつかない出会い。計算できない感情。白黒の判断ができない存在。謎を凝縮したようなネルラに幸太郎が一目で惹きつけられたのは、もしかしたら、真実を見極め、弱い立場の人々の声に耳を傾けることを生業とする弁護士の本能でもあったのかもしれない。

腕利きの弁護士の内面に潜む脆さや危うさ

 ところで、ネルラに翻弄されながらも全身全霊で受け入れようとする幸太郎の姿を見て筆者が連想したのが、阿部が以前、映画『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017年)で演じた陣治という役柄だった。ネタバレを避けるため詳細は控えるが、この映画は、陣治が愛する女性の罪や過去をすべて引き受け、最終的には自らを犠牲にするような形で幕を閉じる。陣治はたとえ理解されなくても、報われなくても、まっすぐに相手を想い抜く力を持った男なのである。

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 本作における幸太郎の姿には、この陣治を演じた阿部の繊細な演技がどことなく重なって見える。幸太郎が差し出す愛はひたむきでよどみがなく、けれど一方で、常に一筋縄ではいかない深みを孕んでいるのだ。

 ネルラとの新婚生活が本格的にスタートする第2話は、そんな幸太郎の不器用な愛情表現が光る回だ。レギュラー出演しているテレビ番組で急遽MCを任され、困惑しながらも断れず引き受ける姿。夕飯の席で本当は日本酒が飲みたいのに言い出せず、注がれたビールを「まあいいか」と受け取り笑顔で乾杯する気遣い。鈴木家一同に半ば強要された蝶ネクタイを戸惑いつつも受け入れ、「手品師みたい」とからかわれれば、即興で手品を披露して場を和ませようとするひょうきんな姿。

 それらには、ただ優しいだけではなく常に場の空気を読み、求められた役割を瞬時に理解し引き受けてしまう幸太郎の柔軟さと責任感がにじみ出ている。場の雰囲気に応じた正解を即座に叩き出し完璧に演じ抜く姿は、彼の誠実さの表れともいえるだろう。しかし、仕事場でも家庭でも、多少自分を抑えてでも場を丸くおさめて周囲を笑顔にしようとするその姿は、同時に彼の内面に潜む脆さや危うさも感じさせる。

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