『あんぱん』原菜乃華の確かな演技力によって成立した急展開 終わらない戦争の影も

 『あんぱん』(NHK総合)第92話では、蘭子(河合優実)とメイコ(原菜乃華)が上京し、物語が一気に加速した。

 のぶ(今田美桜)の勧めで懸賞漫画に応募した嵩(北村匠海)。2カ月後、2人のもとに入選の知らせが届く。「たまるかー!」に続いて嵩の口から出たのは「のぶちゃん、ありがとう」。のぶは自信を失いかけていた嵩に「嵩の漫画の方が好きや」「心の底から思っちゅうき」と言って支える。相手への感謝を忘れないこと、言葉にして伝える大事さが描かれていた。

 蘭子がメイコを連れて上京した。2人の住まいはのぶと嵩の家の向かいの部屋で「お手洗いから星が見える」らしい。蘭子は自ら転勤を希望。「新しいことしてみとうなって」と話すが、実のところ、メイコが言うように「東京に来たら映画がこじゃんと観れる」からかもしれない。

 というのも、昭和20年代から30年代にかけては日本映画の黄金期で、配給各社が制作するプログラムピクチャーがさかんに封切られていた。第90話でも、くら(浅田美代子)が俳優の長谷川一夫に会うために東京に来たと話す場面があった。史実のリアリティは主人公の足跡にも及んでおり、手塚治虫を想起させる天才漫画家・手嶌治虫の存在が嵩の心を占め、のぶに背中を押されて奮起するきっかけになった。

 第92話でドラマの中心に躍り出たのがメイコだ。メイコはNHK『素人のど自慢』に出場するため、姉にくっついて上京した。住むところも見つかり、仕事の相談をしていたら、目の前でカフェの店員が辞めるハプニングがあって、給仕の仕事が見つかる。幼い頃からあんぱんを売り歩き、食堂で働いていたメイコにとって接客はお手の物。そんなメイコをあわてさせる出来事が起きる。

 嵩に連れられて店に入ってきたのは健太郎(高橋文哉)。注文を取りに来たメイコは、健太郎を見た瞬間、固まってしまう。健太郎はいつも通り明るく振る舞うが、メイコは目を丸くして立ち尽くすばかり。健太郎がNHKでディレクターをしていると聞いて、メイコは完全に停止する。憧れの人と再会し、夢だった番組に出られる可能性まで出てきて、パニックになるのは仕方ない。ストーリー上はすごいご都合主義だが、芝居がかった所作を強調する原菜乃華の演技によって、見事にフィクションとして成立していた。

 メイコの夢の実現を後押しするサブキャラクターも配置されていた。前話で学生服の青年として登場したいせたくや(大森元貴)は、第92話ではくだけた雰囲気でグリーンのメロンソーダを飲み、メイコに練習相手になることを提案する。ピアノの腕が確かなたくやは、メイコの話を盗み聞きして、健太郎への秘めた思いも察していた。たくやはメイコの恋のキューピッドになれるだろうか。

 第92話では、嵩とメイコが戦争に言及する場面があった。嵩は、漫画を読んでもらえると「生きてていいってほっとする」と言い、「戦争に行った人間はみんなその気持ちで一日一日を生きてる」と続ける。罪悪感にも似た感情を抱く嵩の中で、戦争は終わっていない。メイコは『素人のど自慢』に出たい理由を聞かれ、終戦で「うちの青春はどこへ行ったがやろうって、心が空っぽになった」と答える。メイコにとって失われた時間を取り戻す意味があった。逆転しない正義への問いが通奏低音のように鳴っている。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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