『ひとりでしにたい』はなぜ“信頼できる”作品なのか “胸キュン”シーンを描かなかった凄み
那須田はずっと鳴海に関心を持ち、何かにつけては行動を共にしていたが、女性の同僚たちから、鳴海が那須田に好意があり、つきまとっているのではないかと思われていることを知って、鳴海は那須田に「話しかけんじゃねぇ!」と拒絶してしまうのだ。
このシーンを見れば、鳴海の子どもっぽく純粋な考え方から出た拒絶であり、冗談の範疇であるのはわかるのだが、言われた那須田からすると、何が原因かわからなかったのだ。
というのも、那須田は幼い頃から親からDVなどの被害を受けており、鳴海の拒絶は必要以上に「くらう」ものであった。
そのことで、わざと鳴海の呼びかけを無視したところ、単純な鳴海は一日中、那須田のことを考えずにはいられなくなってしまった。つまりは、那須田の拒絶によって、心が支配された状態になってしまっているのだった。
この構造は、ドラマを観ていれば気付けるものではあるが、ここまで登場人物がお互いに言語化しているシーンというのは初めて観た気がする。
那須田はこのシーンで、鳴海の手を掴み、自分が鳴海に執着していることを示す。これは、支配・被支配を示すものであり、暴力的でもあるシーンである。正直、怖いと思ったし、鳴海自身もこのあと怖がっているシーンがあった。
しかし考えてみてほしい。これまでの恋愛ドラマであれば、こうした男女間の支配・被支配の結果、強く手をとったり、また壁ドンをすることになるシーンは、ともすれば「胸キュン」シーンにされていたことなのだ。
第5話を見始めたたとき、私自身はこの話は恋愛も描いているのかと思ったが(ある意味、恋愛の構造を描いたものであり間違いではないのだが)、原作でもドラマでも、このシーンのことを決して「胸キュン」なシーンだとは描いていないことに後になって気付き、この作品が示しているものの凄みを感じた。
原作はまだ続いているが、ドラマではどんな着地をするのだろうか。全6話はあっという間過ぎるから、次期シーズンがあることも期待したい。
■放送情報
土曜ドラマ『ひとりでしにたい』(全6回)
NHK総合にて、毎週土曜22:00〜22:45放送
出演:綾瀬はるか、佐野勇斗、山口紗弥加、小関裕太、恒松祐里、満島真之介、國村隼、松坂慶子
原作:カレー沢薫『ひとりでしにたい』
脚本:大森美香
音楽:パスカルズ
主題歌:椎名林檎「芒に月」
制作統括:高城朝子(テレビマンユニオン)、尾崎裕和(NHK)
演出:石井永二、熊坂出、小林直希(テレビマンユニオン)
写真提供=NHK