『教皇選挙』が現代社会に投げかけた問い 「目に見えないもの」を顕在化させた一作に

カトリック教会とセクシュアルマイノリティ

 カトリック教会を分断する大きな課題の1つに、同性愛をはじめとするセクシュアルマイノリティに関する見解の違いがある。聖書では「同性愛は罪」とされているという見方が一般的だからだ。しかしユダヤ教の聖典である旧約聖書にははっきりとそうした記述がある一方で、イエスの弟子たちによって書かれた新約聖書には、イエスが同性愛について直接言及したという記述はない。そのほかトランスジェンダーなどのセクシュアルマイノリティについては、聖書が書かれた時代にはそういった概念がなかったと考えられ、こちらも言及されていない。

 フランシスコ教皇は同性婚には反対していた一方で、「同性愛者の権利を擁護し、シビル・ユニオン(同性パートナー制度)を後押しする」と現代を生きる人々に配慮を見せ、「私は同性愛者を“裁く”立場にない」(※3)と発言している。しかしほかのセクシュアルマイノリティについては、やはり言及していない。

 『教皇選挙』では、これは結末に関する重大なネタバレとなってしまうので詳細は伏せるが、ある人物が「神はそのように私をお創りになった」と言う。本作はカトリック教会の「分断」を描いているが、この人物は「融和」の象徴なのだ。ローレンスはこれに混乱するが、「神の意志」というものがあるのなら、それはまさに人智の及ばないものなのだろう。“神がお創りになった”自分をあるがままに受け入れること、それは強い信仰にほかならないのではないだろうか。セクシュアリティや性自認など、身体や心の性に関することは、誰もが簡単に選べるものではない。それを「神の意志」として受け入れ、胸を張って生きることをこの人物は体現している。

 『教皇選挙』が面白いのは、「選挙」という多数決、いわばマジョリティのための仕組みのなかで、マイノリティが重要な役割を果たしていることだ。現代を生きる私たちにとって身近な問題であるジェンダー平等や分断の愚かさ、そしてセクシュアルマイノリティについて、意義深い問題提起と肯定的な描き方を見せ、深く考える機会を与えてくれる。キリスト教最大の宗派・カトリックの最高指導者である教皇というのは、いまや非常に政治的な存在だ。その意思決定が、宗教や国を超えて人々に与える影響は計り知れない。この映画が現実と地続きであり、提示される問題がいかに重要なのかは、フランシスコ教皇が取り組んできたことと合わせて見てみると、より深く理解することができるだろう。『教皇選挙』が問いかけるこれらの重要な課題に、私たちはどんな答えを出すのか、慎重に考えなければならない。

参照
※1. https://jp.reuters.com/world/europe/R2MOTHLPJNLHTCOPJ4XEZFMHRI-2025-04-22/
※2. https://web.archive.org/web/20160326012432/http://www.buenosairesherald.com/article
/126369/pope-francis-a-friend-of-the-islamic-community
※3. https://www.bbc.com/japanese/54628101

■配信情報
『教皇選挙』
Prime Videoにて配信中
出演:レイフ・ファインズ、スタンリー・トゥッチ、ジョン・リスゴー、イザベラ・ロッセリーニ
監督:エドワード・ベルガー
脚本:ピーター・ストローハン
原作:ロバート・ハリス『CONCLAVE』
2024年/アメリカ・イギリス/英語・ラテン語・イタリア語/カラー/スコープサイズ/120分/原題:Conclave/字幕翻訳:渡邉貴子/G
©2024 Conclave Distribution, LLC.

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