『あんぱん』『べらぼう』『舟を編む』 NHKに急増中の“出版もの”ドラマに惹かれる理由
敗戦後に小学校教諭をやめたのぶ(今田美桜)は、第14週「幸福よ、どこにいる」で、新聞記者へと転身した。畑違いの業界とのぶを結びつけたのは、亡き夫・次郎(中島歩)が得意としていた“速記”だ。速記の勉強にのめり込んだのぶは、市民の声を拾うために赴いた闇市で、『高知新報』の東海林(津田健次郎)と出会う。戦後初の女性記者の一人として採用されたのぶは、東海林のもとで「今を生きる人々の声にならん“ナマ”の声を取り上げる」『月刊くじら』制作に奔走する。いよいよ『あんぱん』(NHK総合)が、モデルとなった小松愓の物語と重なり始めた。
嵩(北村匠海)との再会の行方も気になるところだが、『あんぱん』が新聞記者編に突入したことにより、奇しくも現在NHKで放送中のドラマ3作が、新聞・出版業界を描いていることに注目したい。大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』では、蔦屋重三郎(横浜流星)が本屋「耕書堂」を起点に、華やかな江戸文化のメインストリームへと躍り出てゆく。昨年NH KBSで高い評価を受けた『舟を編む〜私、辞書つくります〜』は、待望の地上波放送。玄武書房初の中型辞書『大渡海』の制作に情熱をかける人々を描く物語だ。
SNS上では連日感想が飛び交う話題作だが、私たちの日常においては、文字より動画が主流になりつつあり、活字に触れる機会は年々減少している。特に出版業界は大打撃を受けており、紙雑誌は休刊やWEBへの移行を余儀なくされ、惜しまれながらも店を畳む街の本屋も少なくない。活字離れが嘆かれる一方、私たちがいま新聞・出版業界ドラマに心惹かれる理由はなぜだろう。
文化史をキャッチーに描く大河『べらぼう』
戦や政局を主軸に描くことが多い大河ドラマの中で、2024年の『光る君へ』につづき、江戸文化にフォーカスした『べらぼう』。とりわけ文化史というジャンルは、歴史の授業の中でも通史としての流れが掴みづらく、「作品名」と「制作者」の丸暗記に陥りがちだ。だが『べらぼう』は“本屋を営む蔦屋重三郎のお仕事ドラマ”を主軸にしたことで、ニッチな文化史をキャッチーに映し出している。
思い返せば蔦重の原点は、吉原遊郭のガイドブック『吉原細見』の改訂だ。古びていた女郎たちの情報の刷新だけでなく、浄瑠璃作者としても名を馳せた平賀源内(安田顕)に魅力的な序文を頼み、“読み物”としての価値を高めた。さらに吉原に人を呼び込むため、吉原の馴染みにしか買えない限定本や一定の需要が見込める往来物(教科書)などの刊行にも取り掛かる。脚本家・森下佳子の巧みなストーリーテリングはもちろん、当時の流通システムに対してイメージが湧きやすいのは、蔦重が扱う“本”がいまもなお私たちにとって身近な存在だからだろう。現代に至るまで価値の変わらない本だからこそ、数百年前の重三郎の仕掛けや挑戦が、いまもなお生き生きと感じられる。