『おむすび』の“複雑な構成”を応援したい “あの日”とともに失われた古き良き日本
ドラマが配信によっていつでもどこでも観られるようになったいま、新たな視聴者に観せたいドラマを試行錯誤しているのだろうという想像は容易である。そこでさらに思い浮かんだのが、19941995年の回想シーンの奇妙な懐かしさ(古さともいえる)であった。商店街の一角で理容室を営む家族と近隣に住む人たちのほのぼのライフはまさに配信時代の前の朝ドラである。それが失われたのが「あの日」なのではないだろうか。
「あの日」と結のセリフに合わせて書いてきたが、NHKは「※来週の第5週には、地震の描写があります。 地震の揺れの映像を避けたいとお考えの方のために、先行してお知らせさせていただきます」とあらかじめ注意喚起されている。
1996年度後期の朝ドラ『ふたりっこ』(脚本:大石静)は1995年の「あの日」にあえて触れていない。「NHKドラマガイド」に掲載されたチーフディレクター・長沖渉のインタビューを読むと「震災を真正面から書いてみたい」と思って企画をはじめたものの「どんな物語も現実の悲惨さに勝てない」とその企画を断念し、その後、生まれたのが双子の姉妹の物語だったとある。
『ふたりっこ』では大阪通天閣、商店街の人々とそこで豆腐店を営むバイタリティあふれる家族がにぎやかに周囲と助け合いながら生きていく物語が紡がれた。「あの日」をあえて描かず、永遠であってほしい家族や隣人の関わりを描いた思いを感じる物語であったが、それは残念ながらこの30年のうちにすっかり失われてしまったのである。1996年以降、古き良き日本の家族や隣人観を描く朝ドラも作られ続けたが、時の流れには抗えない。それを『おむすび』の神戸の人々の描写を見て、痛感した。奇しくも『ふたりっこ』の前作『ひまわり』(1996年度前期/脚本:井上由美子)は法曹の世界を描いた物語であった。『おむすび』の前作が法曹の世界を描いた『虎に翼』(脚本:吉田恵里香)であるということに不思議な符合を感じざるを得ない。
喪失を嘆いてばかりはいられない。この30年の間に誕生した子どもたちのための物語を作るという前向きさが寛容だ。愛子はパソコンをセッティングし、得意な絵を生かしてブログをはじめようと考えたり、結がパラパラを心から楽しんで踊ったり、少しずつ視界が開けてきているのを感じる。失われた世界からどう立ち上がっていくのだろうか。2004年の米田家が、とりわけ結が迷子になっているように見えるのは、作り手の試行錯誤とも重なって見えるのだ。大きな時代の変化に立ち会う者はかように悩ましいものである(自分たちも含めて)。
■放送情報
連続テレビ小説『おむすび』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:橋本環奈、仲里依紗、北村有起哉、麻生久美子、宮崎美子、松平健、佐野勇斗、菅生新樹、松本怜生、中村守里、みりちゃむ、谷藤海咲、岡本夏美、田村芽実ほか
語り:リリー・フランキー
主題歌:B'z「イルミネーション」
脚本:根本ノンジ
制作統括:宇佐川隆史、真鍋斎
プロデューサー:管原浩
写真提供=NHK