リー・ダニエルズが描く“悪魔祓い” 『デリヴァランス 悪霊の家』の多層的な構造を読み解く

 2024年2月開催のスーパーボウルで、「アメリカの黒人国家」と称される讃美歌「リフト・エブリ・ボイス・アンド・シング」を見事に歌唱した、R&B、ソウルシンガーで俳優のアンドラ・デイ。『ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ』(2021年)にて、伝説のシンガー、ビリー・ホリデイを演じ、ゴールデングローブ賞最優秀主演女優賞を獲得し、アカデミー賞主演女優賞ノミネートを果たしたことで、音楽ファン以外にも彼女の名は広く知れ渡っている。

 だが、力強さに溢れる彼女にとってもビリー・ホリデイ役を手がけ、彼女に起こった出来事を再現することは大きな重圧だったようで、その仕事に集中していた期間は音楽活動がままならず、精神的にバランスを崩し、セラピーを受けていたと、アンドラ・デイは自ら語っている。(※1)

 そんなデイが、再びリー・ダニエルズ監督とともに、今度はNetflix配信のホラー映画という、意外なジャンルに飛び込んだのが、『デリヴァランス 悪霊の家』だ。ここでは、そんな本作の製作背景を紹介しながら、意図的に、そして意図せざるところで生まれた、いまだ語られていないだろう多層的な要素について考察してみたい。

 本作が描くのは、『エクソシスト』(1973年)や、『死霊館 エンフィールド事件』(2016年)などに代表される、実話を基にした悪魔祓いである。このホラージャンルは一般的に知られているように、アメリカや、イギリスなどのヨーロッパを中心に起こった出来事をモデルにしている場合が多く、演じる俳優たちも白人が主である。

 それは、実際に起きた出来事の当事者に白人が多かったからだが、今回参考にされた、「200体の悪魔の家」や、「アモンズ幽霊事件」などと呼ばれた、インディアナ州での出来事は、ラトーヤ・アモンズというアフリカ系の女性と、その母親、そしてラトーヤの3人の子どもたちの一家が体験したものなので、演じるのもアンドラ・デイらアフリカ系の俳優になったというわけだ。黒人の新たなジャンルへの進出と言えそうだが、題材が実際に起こった陰惨なエピソードであるだけに、他のジャンルのようにエンパワメントされるような性質のものではないだろう。

 この「アモンズ幽霊事件」では、家の中でアモンズの長男が壁に投げ飛ばされたり、娘がベッドの上で空中に浮いたり、幼い次男が恐ろしい言動をはじめたり、後ろ向きで児童福祉局の部屋の壁を歩きながら登っていったなどの怪現象があったと証言されている。「200体の悪魔が家に存在する」と主張した霊能者や、悪魔祓いをおこなったという教会関係者だけでなく、福祉局の職員や警察署長も、超常的な出来事を目撃、体験したと話しているのだ。

 一方で、この悪魔憑きに対する懐疑的な見方も当然ある。Apple TV+にて配信されているドキュメンタリーシリーズ『エンフィールドのポルターガイスト』でも紹介されている通り、社会環境や家庭環境におけるストレス、子どもたちの思春期の悩みや不安定な精神状態が、悪魔憑きを演じるという形で表出されたというのだ。この記事では、実際の出来事における超常現象の真贋について追及することはしないが、こういった現象には、両極たる二つの方向からの見方が常にあることは事実である。

 この「事件」を参考にしながら、いくつもの設定を加えている本作もまた、この二つの可能性を重ね合わせながらストーリーを進めていくことで、観客を幻惑させている。主人公である、シングルマザーのエボニー(アンドラ・デイ)は、アルコール依存症で暴力を振るった過去があり、児童福祉局から子どもたちを引き離されるおそれがある状況であり、子どもたちもまた、近所の子どもに嫌がらせを受けているなどの問題を抱えていた。そして、エボニーは同居する母親(グレン・クローズ)との言い争いが絶えない。

 自宅でのホームパーティーでエボニーが酒を飲み、子どもに乱暴な態度をとり始めるシーンでは、濃密に嫌な予感が漂いだす。彼女は一見、情に厚く子どもたちを深く愛しているように見えるが、それだけに“人が変わってしまう”予感に恐怖をおぼえるのである。

 思えば、悪魔憑きジャンルの代表的作品となった『エクソシスト』も、異常な状態に陥ってしまう少女と、思春期の始まりを予感させる要素を重ね合わせていた、“人が変わってしまう”作品だった。子どもがある日、突然反抗的になったり、大人のような言動をし始めたりすることは、親にとって一種の恐怖だといえる部分があるだろう。またそれは、子どもの立場から見た親も同様なのではないか。酒に溺れ理性を失っている状態の親を目の当たりにする子どももまた、同様の恐怖をおぼえるはずである。

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