櫻井翔が『笑うマトリョーシカ』で初めて剥ぎ取った“仮面” “対話”の願いが詰まった最終回

「ヒトラーがハヌッセンを切ったとき、何を思っていたか知っていますか? 見くびるな、ですよ」

 「見くびるな」。この言葉は、清家が11話にわたって発し続けてきた無言のメッセージだった。権力の頂点に立ちながらも、常に周囲から軽んじられることを恐れ、自己の存在意義を必死に模索してきた彼の内面が、ここに集約されていたのだ。自分が軽んじられていたことを知りながら、利用してきた人物たちを最悪のタイミングで切り捨てる。それは彼にとっての、復讐であったのかもしれない。

 一番小さなマトリョーシカを握りしめ、怒りが入り混じった表情で「僕には僕がわからない。だからと言ってみくびられたくないんですよ」と吐露する清家。

 これまで、彼の空虚さをうまく落とし込んだ「AIのような笑顔」と評されてきた櫻井翔の清家像。しかし、「見くびられる」ことへの怒りを滲ませた瞬間、その完璧な仮面の奥から、どろっとした人間性が溢れ出た。計算された表情や言動の裏に潜む、抑えきれない感情の揺らぎ。櫻井は、清家の内なる混沌を繊細かつ大胆に表現し、観る者の心を揺さぶった。

 櫻井が全12話を通して見事に演じきった清家の姿。完璧を装いながら、実は最も人間的な弱さを抱えていたその姿は、「こう見られたい」という姿を容易に演じられるようになった現代社会の縮図でもあるように感じられる。理想の自分を演じ続け、本当の自分を見失いかけている我々の姿が、清家の中に映し出されていた気がした。

 道上が去った後、震える手でマトリョーシカを片付け、涙する清家の姿は痛々しいほど生々しい。内閣総理大臣となり、憲法改正と緊急事態条項創設を実現した清家。彼はようやく権力の頂点に立ち新世界を作り上げたにも関わらず、なお満たされない何かがある。それは、失われた本当の自分、あるいは自己を映し出してくれる他者の存在なのかもしれない。

 最後の回想シーンで「戻れるなら、あの頃に戻りたい。これが本当の僕なんでしょうか」と語る清家。この瞬間、彼は最も人間らしく、そして最も脆く見えた。清家という男が本当の意味で笑えるような結末はまだ先の未来かもしれない。しかし、対話を諦めず、真実を追い続ける人々がそこにいる。それこそが、このドラマが私たちに残した最後の希望なのだろう。

■配信情報
金曜ドラマ『笑うマトリョーシカ』
U-NEXT、TVerにて配信中
出演:水川あさみ、玉山鉄二、丸山智己、和田正人、渡辺大、曽田陵介、渡辺いっけい、加藤雅也、筒井真理子、高岡早紀、櫻井翔
原作:早見和真『笑うマトリョーシカ』(文藝春秋)
脚本:いずみ吉紘、神田優
主題歌:由薫「Sunshade」(Polydor Records)
プロデューサー:橋本芙美
演出:岩田和行
編成:杉田彩佳
製作:共同テレビ、TBS
©︎TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/waraumatryoshka_tbs/
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