『光る君へ』における松下洸平の役割は何だったのか? 「恋の終焉」と「旅の終わり」

 大河ドラマ『光る君へ』(NHK総合)において、吉高由里子演じるまひろの、越前で過ごす日々が終わろうとしている。仮にその越前での日々を「越前編」とでも名付けてみると、その始まりは、第21回終盤のまひろと道長(柄本佑)の逢瀬の場面であると思う。

 道長に「なぜあの時己の心に従わなかったのか」という悔いを吐露し、一方で「今度こそ越前の地で生まれ変わりたい」と願うまひろ。道長とまひろは、10年間変わらなかった想いを互いに打ち明け、キスをした。そんな2人の姿は、やがて雲に吸い込まれるように溶けて消え、次の画面でカメラは、ポッカリと海の上に浮かぶ、越前へと向かうまひろと父・為時(岸谷五朗)の乗る舟を俯瞰した。

 そこから、宣孝(佐々木蔵之介)からのプロポーズを受け都に戻る決心を固めつつあるまひろの姿を描いた第24回終盤に至るまでの日々は、単に「越前守として任国に赴任する父に娘・まひろが同行する話」ではなく、そこに宋の見習い医師・周明(松下洸平)との出会いと別れのエピソードを加えることで、1人の女性にとっての「恋の終焉」と「旅の終わり」の光景を描いたのではないか。

 越前守として任国に赴任する父に同行することで、まひろはかねてからの念願を叶えたとも言える。なぜなら越前は、都以外の場所に住んだことがなかった彼女からすればまさに「海の見える遠くの国」だったからだ。つまりその場所は、かつて自由を夢見た直秀(毎熊克哉)が行きたいと望み、無理を承知で「一緒に行くか」と尋ねた「山の向こうの海があるところ」であり、「一緒に都を出よう。海の見える遠くの国へ行こう」と言った道長とともに見た、叶わぬ夢の象徴でもある。そして極めつけは、その「海の見える遠くの国」で出会った、さらに遠く、目の前に広がる海の向こう側にある、まひろが憧れを抱く宋の国からやってきた、周明との出会いである。

 この周明という人物は、複数の要素でまひろとのロマンスを予感させる人物である。第一、周明は、新天地で生まれ変わりたいと願ったまひろが、まさにその新天地で最初に出会い、尚且つ言葉を交わした人物だ。さらにその会話の中で、彼は砂浜に自分の名前を書いてみせる。そのやり取りは、第1回において三郎時代の道長(木村皐誠)が、河原で足を使って自分の名前を書いて見せた、出会いの場面と重なる。もしかすると、つかの間彼がまひろにとって、道長に代わる存在になるのかもしれないと想像せずにはいられなかったのは、その周明を演じるのが、まひろを演じる吉高由里子との『最愛』(TBS系)での共演が記憶に新しい松下洸平だからというのもあるだろう。

 しかし彼は、全く違う役割を担っていた。まひろが甘美な思い出と、まだ見ぬ世界への冒険心とともに抱いていた「遠い国への憧れ」が、所詮憧れに過ぎないことを、彼は彼自身の過酷な出自と生き様と、さらには「民に等しく機会を与える国など、この世のどこにもない」という実感を伴った言葉を以て、突きつけたのだった。また、その死を知らせる手紙によって、まひろを「ますます生きているのも虚しい気分」にしたさわ(野村麻純)の哀しいエピソードともに、彼女は改めて、どこで生きようとままならない現実を知ったのである。

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