北欧発の新たな“問題作” 『ゴッドランド/GODLAND』は生身のアイスランドをあぶり出す
ルーカスの疲弊した精神状態は、目的地の村に到着して教会の建築が始まり、温かい歓迎を受けたり、素朴ながら陽気でほのぼのとした人々の営みを目にしても、それほど回復するわけではない。そして、“教会がまだ完成していない”という理由で、結婚式をとりおこなうという牧師の役目を放棄するという態度を見せる段階になって、観客は不機嫌で消極的な主人公のほうに疑問を感じ始めるのではないか。
本作が、このような描写の数々によって次第にあぶり出していくのは、主人公の英雄的な目的意識の裏に隠された、傲慢さと差別意識だ。彼は現地の人々を、司教が語るように“哀れで痛ましい孤独な人間の群れ”だとして、正しい方向に導こうと考える。しかし、自分よりもはるかに土地の自然や文化に通じ、知性やコミュニケーション能力に優れた人々の姿を見ることで、彼は自分の身勝手な先入観が崩れていくことを体験するのである。それを気づきや成長へと繋げられればいいのだが、そこで謙虚になることを邪魔しているのが、根底にある蔑視感情ということになるのだろう。
一方で、村に暮らすデンマーク出身の家族の娘たちは、村の男たちとは異なる考え方や文化を持つ牧師に興味を持つことになる。この描写が示しているのは、アイスランドの人々が皆、自然とともに素朴な生活を営みながら一生を終えることに満足する人々だけというわけではないということだ。娘の一人アンナ(ヴィクトリア・カルメン・ゾンネ)が体現するように、より洗練された文明や、より便利な暮らしを求めて、島を出ていこうと考えたり、積極的に外来の文化や考え方を受け入れたいという感情も存在する。これは、この時代、この場所に限らず、隔絶された土地に存在する人々の一つの考え方だといえるだろう。
フリーヌル・パルマソン監督自身、アイスランドで生まれてデンマーク国立映画学校で教育を受けた経験を持ち、いまも二つの国に住んでいるという、二極化されたパーソナリティを持っている。だからこそ、この二つの国の関係におけるアイスランドの“引き裂かれた”リアルな感情を、好ましい部分や反発的な部分も含めて深く理解することができているのだと考えられる。われわれが本作で観るのは、旅行者がなかなか感じることのできない、アイスランドの生身の姿であるといえる。
ある場面では、アイスランドの大地に転がった馬の死体が、風や雪にさらされて島の一部になっていく過程が映し出される。「ひどい土地、そして美しい」とアンナが劇中で語るように、美しい自然には残酷さが存在し、それをまた自然が吸収して、美しい景観を作り出している。本作が表現するのは、悠久の時のなかで厳かな自然のなかに消えていく、人間の存在の小ささである。そして一方で、そんな壮大な景観には、人の醜さや思いやりを含めた、人々の感情や歴史が覆い隠されているという事実なのだ。
燃え盛る溶岩の噴出や、それが固まった岩場。高所から落ちる雄大な瀑布。打ちつける波によって削られる磯の景観。そして季節の流れのなかで氷雪や草花に覆われる大地……。本作では、そんな一つひとつに織り込まれたものを感じながら、アイスランドの自然の美しさをじっくりと味わってほしいのである。
■公開情報
『ゴッドランド/GODLAND』
3月30日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
監督・脚本:フリーヌル・パルマソン
出演:エリオット・クロセット・ホーヴ、イングヴァール・シーグルソン、ヴィクトリア・カルメン・ゾンネほか
配給:セテラ・インターナショナル
後援:駐日アイスランド大使館
2022年/デンマーク、アイスランド、フランス、スウェーデン/デンマーク語、アイスランド語/1.33:1/5.1ch/143分/日本語字幕:古田由紀子
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