『映画おしりたんてい』に親子ファンが夢中になる理由 大人も虜にする“こだわり”をPに聞く

 現代の子どもたちの間で、一大ムーブメントを起こしている名探偵がいる。レディーに優しく推理はキレキレ、見た目はおしり……その名も『おしりたんてい』だ。

 『おしりたんてい』は2018年からTVアニメシリーズが放送されており、その個性豊かなキャラクターや「しつれいこかせていただきます」という決めゼリフを用いて犯人を追い詰める必殺技が注目を集め、一躍人気アニメとなった。そんな『おしりたんてい』の劇場版長編第二弾『映画おしりたんてい さらば愛しき相棒(おしり)よ』が公開中だ。

 劇場版では、普段はスマートに事件を解決するおしりたんていが絶体絶命の危機に直面する。さらに、テレビシリーズでお馴染みのキャラクターが意外な場面で活躍するなど、予想外の展開が見どころの一つだ。これらの“いつもとは違う”演出の背景には、どのような意図があるのだろうか。大人をも惹きつける『映画おしりたんてい さらば愛しき相棒(おしり)よ』の魅力を、東映アニメーションプロデューサー・谷上香子に語ってもらった。

“おしりたんていが登場しない”『おしりたんてい』の試み

ーー『おしりたんてい』シリーズ史上初のロマンスや、涙なしには見られない感動展開など、必見ポイントがたっぷり詰まった映画でした。制作時に意図していた本作の中心テーマについて教えてください。

谷上香子(以下、谷上):今回は、「おしりたんていがボロボロになって、それでも依頼を遂行しようとする姿を見せたい」という気持ちで立ち上げたんです。その画をとにかく大画面で出すことが前提にありました。そこからさらに詳細を練っていく中で、依頼人は裏表がある、敵なのか味方なのかわからない“ミステリアスな女性”にしようと初期の段階で決めました。その2つを持って脚本家の方や監督と話をする中で、キーワードは“相棒”となっていったんです。

谷上香子

ーーそれが今回のキーパーソンである、スイセンだったと。

谷上:そうですね。あとは、今回の映画では、ブラウンが必死に頑張って成長するところがあって、そのあたりは、テレビ版にはない映画ならではの描かれ方だと思います。おしりたんていとバディを組んでいたかつての相棒が依頼人として登場する一方、今の相棒であるブラウンと、かつての相棒の関係性もこの映画の中では描かれています。“相棒”というキーワードで、かつての相棒・スイセンと現在の相棒・ブラウンを対比して観ていただけると嬉しいです。

ーーかいとうUの立ち位置もかなり独特でしたね。

谷上:そうなんです。かいとうUは、テレビで必ずワンクールに1回は登場する定番のキャラクターですが、おしりたんていと独特な関係性を築いてる……簡単に言えば、おしりたんていのことを意識してるんですよね。でも、おしりたんていはどちらかといえば「怪盗は捕まえるべき」ってクールに構えている。ただかいとうUとしては、昔の相棒が現れたら黙ってはいられないはず。なので「きっとこの映画の中にも出てくるんじゃないか?」ということで、映画では独特な登場の仕方をする形になりました。

ーー今回の劇場版では、短編『映画おしりたんてい なんでもかいけつ倶楽部 対 かいとうU』も同時上映されますが、あえてなんでもかいけつ倶楽部の物語を冒頭に持ってきたのは何か狙いがあったのでしょうか?

谷上:狙いは3つあります。 1つ目は、普段テレビシリーズを観ている視聴者のお子さんが映画館に来た時に映画に馴染みやすいようにするためです。長編映画の方はガラッと対象年齢を変えていきなりシリアスな展開に入っていくので、「いつもの『おしりたんてい』じゃない!」と感じさせてしまうのではないかなと思いました。なので、いつもの街のお話を先にまずは観てもらって、映画への没入感を高めてもらいたいという意図です。2つ目が、シリーズ初の“おしりたんていが登場しない”おしりたんていを描きたかったんです。『おしりたんてい』シリーズは、もう6年目に入るので「そろそろやってもいいかな」と思いました。ブラウンたちだけでも成立する話ができるんじゃないか、と。そこで今回、実験的にやってみました。

ーー今までのテレビシリーズのファンの子どもたちにも入りやすく、かつ新しい発見もある構成ということですね。3つ目はどういった狙いでしょうか?

谷上:3つ目は、短編を観ることによって長編の物語をより深く楽しめる構成にしようと思いました。短編長編はそれぞれ独立した物語なんですけど、短編を観ておくと長編を観たときに繋がっている部分に気が付くと思うんです。ネタバレになるので詳細は伏せるのですが、「ここがこう繋がるんだ!」と楽しめる構成になっていると思います。

制作で1番時間をかけた美術品のこだわり

ーー今回の劇場版のターゲット層は、小学校高学年の児童とお聞きしています。小学校低学年の頃に、テレビシリーズを観て育ってきた子どもたちが中心になると思いますが、年齢層を引き上げた劇場版にするうえで、作品の要素として変わった部分があれば教えてください。

谷上:まずは、おしりたんていを全く知らない人でも、1本の映画として楽しめるものを作ることですね。映像面の演出も変えています。原作は絵本と児童書なので、テレビアニメ化するときは原作の雰囲気に合わせて、紙に描かれているような雰囲気をできるだけ出すようにしたりしてるんですけど、映画はスクリーンのサイズが全然違うので。もっと立体感を出したり、光の陰影をつけたり、より映像的な表現が楽しめるものになっていると思います。

ーー音楽についてはいかがですか?

谷上:音楽も同じですね。第1期からのテレビシリーズも映画も高木洋さんにお願いしているのですが、「ターゲットを変えているんです」とお伝えしていて。シリアスな雰囲気を盛り上げたり、キャラクターの気持ちに寄り添うような、感情を約70分間ずっと持っていけるような音楽を作っていただきました。

ーー音楽も、舞台となる「メットー美術館」の荘厳な雰囲気が伝わるようでした。美術設定について、制作時に意識したポイントを教えてください。

谷上:具体的に言うと1920年代のニューヨークのイメージで、演出や美術チームの方にもそのように伝えています。「おしりたんてい」はテクノロジーが今よりもちょっとレトロな設定になっていまして、例えば、携帯電話はなく黒電話で電話をしているんです。なので、全体的には現代の人よりちょっと前の時代、かつ場所も今回は大都会にしようということで「1920年代のニューヨーク」をイメージしています。ネーミングは、マンハッタンから「ハッタンタウン」、メトロポリタン美術館から「メットー美術館」ですね。

ーー大人もクスリと笑えるさまざまな有名絵画のオマージュなど、登場する美術品へのこだわりも垣間見えました。

谷上:面白いですよね(笑)。ライター陣にも美術チームにも、かなり頭をひねってもらって、1番時間がかかったところでした。劇中にタイトルを出して大きく取り上げる絵もあれば、ほんとにちらっとだけ映るものもあるのですが、全部で20枚ちかくあるんですよ。せっかくなので、劇場パンフレットの中ではしっかり全部紹介してもらっていて、元ネタもわかるようになっています。

『映画おしりたんてい さらば愛しき相棒(おしり)よ』予告/2024年3月20日(水・祝)公開

ーー小学生くらいのお子さんにとっては、ちょっとした勉強にもなりますね。

谷上:そうなんです。ヨーロッパの昔の絵画だけじゃなくって、日本の昔の絵画とか色々なところから取ってきてるので、ぜひじっくり観てほしいですね。

ーー贋作の事件を取り上げるにあたって、アニメ表現での苦労はありましたか?

谷上:そもそも、「アニメで贋作を表現するのってどうやろう?」ってところからですね。何をもってして、贋作を見抜くのか。観客の方に本物と贋作の違いが納得できるように表現するために、わかりやすくサインの表現を入れた一方で、ここはスイセンのキャラクターがかなり重要になるところでもありました。彼女は本物を見ると「なんとかぐわしい!」と、キラキラと目が輝きます。反対に、偽物を目にすると「鼻につく」っていうセリフを言うことで、本能的に贋作を見抜ける性質を持ってるキャラクターなんだと伝わるようにしました。

要となるキャラクター、スイセン&キンモク先生の制作秘話

ーー冒頭でキーワードは“相棒”というお話がありましたが、今回スイセンとおしりたんていの間にはロマンス要素も含んだ展開もあります。

谷上:そうなんです。女性で過去に相棒だった相手、しかも10年経ってもう1回依頼に来るってことは「やっぱりおしりたんていのこと好きだったのかな?」という話をしていて。スイセンの中ではきっと相棒としての一線を超えることへの葛藤を持ってると思うんですけど……おしりたんていにはなかなか伝わらないんです。

ーースイセンとおしりたんていの関係性のもどかしさも、観ている側としては結末がより気になる要素の一つでした。スイセンといえば、キンモク先生との関係性も見どころの一つになると思うのですが、キンモク先生を育ての親にしたのはどうしてなのでしょうか?

谷上:キンモク先生は、紆余曲折を経てあのキャラクターになったんです。初めは、“スイセンのおじいちゃん説”もあったんですよ。ただ血が繋がっているとおそらく最後が純粋に絵を愛する気持ちで語る関係ではなく、家族としての絆みたいな話にテーマがぶれる可能性があったんですね。なので、そこはあえて育ての親にしています。キンモク先生に絡む部分で言えば、「事件の裏には秘密結社がいる」のも、だいぶ初めの段階でもう決まったんです。秘密結社といっても、表の顔と裏の顔があって、表向きはすごくクリーンな組織なんだけど裏は腐敗している、というような……。

谷上香子

ーー秘密結社を完全な悪とするのではなく、二面性を持たせようと思ったのはなぜですか?

谷上:シナリオを作っていた時に、秘密結社について色々リサーチをしたところ、実在する秘密結社って、世界政府をもくろむような組織は実際そんなに無かったんです。本来は当時の社会体制や政治に対して、各自の正義で世のためになることを実現しようとする集まりだったから、その大勢の目を逃れて活動するうちに“秘密結社”という形になったようです。だけど時代が移り変わっていくと、組織の本来の目的が形骸化することもあると。じゃあそんな中で組織を私物化する人が現れて、表と裏の顔を持つようになったら……とイメージを膨らませていきました。表の顔も決して嘘ではない。なので、劇中に登場する秘密結社の人たちにも本当に絵を愛する気持ちはあるはずなんです。

ーー初めは正しい目的の下に集まった人たちがどこかで1歩間違ってしまった、と。

谷上:そうです。でも、間違ってしまうきっかけって、案外誰にでも共感できるもののような気がするんです。「本物か偽物か」って実は意外とわからないものじゃないですか。正義と悪は紙一重なところがあったりするので。キンモク先生は純粋すぎるが故に、気持ちが1回折れてしまって戻ってこられなかった。彼なりの絵に対する愛が歪んでしまったキャラクターなんですよね。

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