趣里に宿った笠置シヅ子の熱狂と歌声 『ブギウギ』全楽曲を振り返る
NHK連続テレビ小説『ブギウギ』第22週のタイトルは「あ〜しんど♪」。りつ子(菊地凛子)に紹介された大野(木野花)がスズ子(趣里)の家政婦となって半年が経過。一方で、これまで長くスズ子を支えてきた山下(近藤芳正)がマネージャーを辞め、新たに柴本タケシ(三浦獠太)がやってきた。第106話では、羽鳥善一(草彅剛)が作詞作曲をした新曲「買物ブギ」がいよいよ披露される。
そこで今回はスズ子が“スウィングの女王”として世に知られるようになった「ラッパと娘」から、“ブギの女王”として君臨した「買物ブギ」までの楽曲を改めて振り返ってみたい。
大阪の梅丸少女歌劇団(USK)から東京進出を果たしたスズ子が、善一と出会ってから初めて披露したのが「ラッパと娘」だ。当初善一から歌の指導を受けていた際には、USKで培われた小綺麗に歌うことへの意識が抜けきれなかった。それは善一が求めていたことではない。だが、練習を重ねた末にスズ子は自分らしく楽しんで歌うということに目覚めると、才能が一気に開花。赤を基調としたきらびやかなドレスに身を包んだスズ子は、ステージを縦横無尽に歩き回り、パワフルな歌声を観客に届ける。まさに圧巻のパフォーマンスというほかない。“スウィングの女王”の幕開けである。
第7週の最後には善一が作曲、藤村(宮本亞門)が作詞を担当した「センチメンタル・ダイナ」が披露された。当時のスズ子は梅丸と日宝の移籍問題や松永(新納慎也)への失恋など様々な問題を抱えていた。そんな中で善一がスズ子のためを思って作ったのがこの「センチメンタル・ダイナ」である。一見すると、大雑把に言ってしまえば失恋ソングのようにも聞こえるが、サビで一気に表情晴れやかに歌う姿は悲しみを乗り越えて、もう一度奮起していく決意を体現しているようにも思える。
第10週の最後に披露されたのは最愛の弟・六郎(黒崎煌代)への思いを歌った「大空の弟」。スズ子にとって初の軍歌である。六郎の戦死の知らせを受けたスズ子はあまりの悲しさからうまく歌うことができずに苦しんでいた。そこで善一が手渡した楽譜を見たスズ子は決意を新たにりつ子との合同コンサートにて初披露する。歌詞は戦争讃歌ではあるが、目に涙を浮かべながら六郎を思い歌うスズ子の歌声は悲痛な叫びのようでもあり、戦争への静かな憤りのようでもあった。
戦時中を歌とともに生きたスズ子のモデル・笠置シヅ子の覚悟を感じさせる作中でも重要な意味を持つ歌唱シーンだったように思う。第14週でも「大空の弟」を披露するシーンがあるが、ここではスズ子が富山で出会った女中の静枝(曽我廼家いろは)に向けて歌われており、終戦間近という時勢とも相まって違った響きがある。
第11週「ワテより十も下や」で歌われたのは「アイレ可愛や」。地方巡業を重ねていた「福来スズ子とその楽団」が愛知の劇場で「アイレ可愛や」を披露した。曲名の「アイレ」とは南洋の村娘の名前で、善一が警察の目を気にすることなく歌えるように作曲した。これまでの3作とは違い、オリエンタルなリズムで戦時中の日本を明るく照らしてくれるような楽曲。他の楽曲と比べると、作中では小さい箱で細々と披露されていたが、戦時下で苦しむ人々を明るい音楽で救ったという意味でとても意義深い。
第16週「ワテはワテだす」では喜劇王の“タナケン”こと棚橋健二(生瀬勝久)が初登場し、スズ子は舞台『舞台よ!踊れ!』で共演することに。戦後の日本はまだまだ戦争の影響が大きく、国民は希望の光を求めていた。そこで「東京ブギウギ」につながる楽曲のひとつとして、スズ子が披露したのが「コペカチータ」である。ラテンのようなリズムはタンゴが取り入れたれており、ひとたびメロディを聴くと自然と体が動き出すような魔力を纏っている。スズ子の新境地を感じられた楽曲だ。
「コペカチータ」に続いて善一が妊娠しているスズ子のために書き下ろしたのが「ハバネラ」(「ジャズカルメン」より)だ。同曲は善一がオペラをジャズミュージカル化するという構想のもと制作された。なんといっても魔性の女・カルメンを演じる身重なスズ子と男性ダンサーの妖艶なダンスがとても美しい。スズ子を演じた趣里のキリッとした佇まいにも注目してほしい。