『どうする家康』は“史実を守った”ドラマ? 脚本・古沢良太が明かす最終回に込めた思い

 これまでにない徳川家康を描き続けたNHKの大河ドラマ『どうする家康』。そのタイトルのとおり、家康(松本潤)は自問自答しながらも変化をし続け、ついに“神の君”に至るまでになった。家康像はもちろん、瀬名(築山殿/有村架純)、今川義元(野村萬斎)、お市/茶々(北川景子)、石田三成(中村七之助)、小早川秀秋(嘉島陸)など、従来のイメージとは異なるキャラクター像が説得力を持って描かれた本作。脚本を手がけた古沢良太は彼らをどう作り上げ、物語を紡いでいったのか。最終回の放送を前に、その思いを聞いた。(編集部)

“天才”ではない“普通”の人としての徳川家康

――大河ドラマで歴史を描く面白さをどのように感じましたか?

古沢良太(以下、古沢):こんなに長い期間、ドラマを書かせてもらえる機会は大河でしかないので、それは脚本家にとっては嬉しいことです。普通のドラマだったら全10話とかそこらですから、書きながら「この辺をもっと掘っていったら面白くなるのにな」とかスピンオフ的な話も思いついたりしながら作品自体が終わってしまっていくこともあるんです。でも、『どうする家康』のように全48回もあったらいろんなことができるなと。今まで大河では描かれてこなかったようなこともイメージを膨らませて、どちらかと言えば歴史に残ってないことの方が面白く書けました。それをやりすぎた感もあるんですけど(笑)。最初に作った全話の構成通りにはいかないだろうと思って書いていたのですが、最終的にはほぼプラン通りだったので、うまくいったんじゃないかなと自分では思っています。一人の人生を最初から最後まで描けるのはありがたい場だなと思いますが、それを一人で書くのは大変でした。時間に追われていますから、勉強しながら書いていきました。考証の先生方の意見も最大限取り入れることにしていたので、苦労はしました。でも、それ以上にやりがいがありました。

――「考証の先生方の意見も最大限取り入れることにしていた」というのは、大河ドラマとしてそこが重要なポイントでもあるということですか?

古沢:家康への解釈を今までとはなるべく違うかたちにしたいと思っていたので、史実を守らないで描くと「なんでもあり」になってしまいます。新解釈を入れるからこそ、史実として合意が取れていることに関しては最大限守る方針にしていました。史実のほかに「逸話」というのがあって、逸話はほとんど後世の創作なので、必ずしも守らないし、なるべく新しい解釈にする。けれど、いつどこで誰が何をしたかという史実に関しては守ることを大事にしていました。だから、考証の先生方に細かく確認していただいて、例えば「この人はこの日になんとかの戦に参加している資料史料があるので、ここにはいません」というのは全部守っています。それが視聴者の方に伝わらなかった部分もあるかもしれないですけど、僕の中ではめちゃくちゃ史実を守ったドラマだと思っているんです(笑)。

――先ほど「スピンオフ」という言葉もありましたが、古沢さんのなかで気に入っているエピソードはありますか?

古沢:まず、スピンオフではないので、スピンオフと言ってしまっていいのかよく分からないんですけど……家康の側室となるお葉(北香那)の話はまさに「ラブコメ」的なものを作りたいと思って描きました。あとは、忍者の話をやりたいなと思い、第5回で瀬名を奪還しに行く話を勝手に作って。歴史上、あんなことは何にも残ってないんです。ただ失敗するっていう、何も進展しない回を作ったんですけど、忍者の生き様が少しは表現できたのかなと。僕は書いていて面白かったです。山田孝之さんという素晴らしい方に服部半蔵を演じていただけると知る前から、半蔵の出番はたくさん書いていました。半蔵は一般的に忍者と言われていますが、実際はお侍で武士なんです。そう考えると“ザ・忍者”みたいに書いちゃうのはちょっと違うかなと思って。彼自身としては武士なんだけど、周りからは忍者みたいにしか思われていないキャラクターかなと思うと、自然とあんな感じになっていきました。金ヶ崎の阿月(伊東蒼)の話は、歴史の裏側の話を自分なりに想像力を膨らませていて、書いていて楽しかったですね。伊東蒼さんの芝居も素晴らしかったですし、実際にお市から小豆の袋が届いたことで、信長(岡田准一)浅井長政(大貫勇輔)の裏切りに気づくっていうのは分からないだろうなと思って(笑)。ああいった逸話のほとんどが後世の創作だと言うので、その当時の僕みたいな人が作ったのでしょうから、現代の僕がもっと後世の創作を作ってもいいんじゃないかと。新しい逸話を作ろうと思ってやっていました。

――家康と瀬名を恋愛結婚にした理由と築山殿事件の展開のさせ方について教えてください。

古沢:僕の中では恋愛結婚だとも思っていないんです。ドラマ上でも今川義元の意志で結婚させているから、ただ本人たちが好き合っていたっていう、それは気持ちの問題じゃないですか。そこは解釈次第で、別に史実と相反することではないと思ったし、その方がロマンチックだからそうしようと思いました。家康を大きく変える重要な人物であり、彼が成し遂げなければならない宿命を残していくポジションのキャラクターに瀬名をしたかったので、そのために築山殿事件がどうあるべきかを考えていきました。家康は戦のない時代を作るということを成し遂げていくわけですけど、それは当時としては信じがたいような出来事で、その夢を家康に託していくのは最愛の人である瀬名じゃなきゃいけないと僕は思ったんです。現在だと築山殿事件は、瀬名と信康(細田佳央太)が密かに織田と手を切って、武田と通じ新しい軍事同盟を作ろうとしていたのが家康にバレてーー結果的に処刑なのか自害なのかは両方の説がありますけどーー命を落とすというのが史実で、ドラマでも起こっている出来事はそのまんまなんです。何を思ってそうしたのかの解釈を変えているんですね。従来だと瀬名が悪女だったとか、家康と仲が悪かったと言われていますけど、人間を一面的に見る歴史観が僕は嫌で。会ったこともない人のことを、あの人はこういう人だって断ずる人がいたら愚かな話じゃないですか。歴史上の人物に対してはみんなそれをやりたがるけれど、どんな人だったかなんて僕らには分からないですよね。「歴史はいろんな解釈ができるから面白いんだ」と提示したかったので、反論があることも覚悟の上であの内容にしました。

――古沢さんはこの作品でどのような家康を描こうとしていたのでしょうか?

古沢:1983年に放送された滝田栄さんが主演の大河ドラマ『徳川家康』で、偉人伝としての家康はもう十分描かれ尽くされていると思いました。僕が描きたかったのは1人の普通の人が、どうやってこの乱世を生き抜いていったかという物語。自然と歴史上で大事な出来事と、いち個人の人生にとっての大事な出来事は違ってきて、自ずと物語のバランスも変わってきたんです。私人としての家康の人生をどう魅力的に描いていくかでいうと、家臣たちとの絆であったり、家族との物語が大事で、なるべくそっちを重点的に描きたいと思っていました。例えば、信長とか豊臣秀吉(ムロツヨシ)、武田信玄(阿部寛)、今川義元のようなスターが出てきますけれど、彼らはある意味では一代で隆盛を築いて、その後継ぎへの継承で失敗して、滅んだり、力を失ったりしていて、家康だけがそれを成功させているんですよね。僕は家康だけが天才ではなかったんじゃないかと思っていて、信長も秀吉も信玄も義元も天才だったけど、天才は天才にしか運営できない仕組みを作ってしまうから、それは継承できないものになってしまう。でも、家康は普通の人だったから、普通の人が運営できる体制を作れた。だから秀忠(森崎ウィン)に、そして徳川幕府という300年も続く江戸時代に続いていったんじゃないかと僕なりに解釈しています。家康は天才でもなんでもない、むしろか弱い凡人として描くのが新しいし、このドラマのテーマになると思ったので、そういったところからスタートしていきました。彼の人生は艱難辛苦の連続で、その過程で変貌していく物語をやりたいと松本潤さんにお願いしたわけですけど、最初に作った全48回の構成を彼は熱心に読み込んで、どこでどう変化していくのがいいのかを懸命に考えて、家康像の段階みたいなものをご自分の中で計算しながら現場に入っていった印象があります。

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