『らんまん』史実には存在しなかった「十徳長屋」が果たした役割 “屋台崩し”後の最終週へ

 本作が描いてきたものは、「家」から解放される「個人」の物語に留まらない。万太郎と寿恵子の夫婦像が体現するのは、現代を生きる私たちこそ必要な、男女が、自分の人生も相手の人生も大切にしながら「共に生きていく」方法だ。

 第111話において、寿恵子は「結婚したての頃は万太郎さんが研究しているのを寂しくも思いましたけど。2人でいるのに寂しいなんておかしいんじゃないかって。でも違うんですよ。孤独でいいんです」と、綾に言う。その言葉は、頻繁に旅に出る万太郎を明るく送り出す彼女が培ってきた人生哲学であると同時に、第49話における、母・まつ(牧瀬里穂)の「男の人のためにあんたがいるんじゃないの。あんたはあんた自身のためにここにいるの。だからいつだって自分の機嫌は自分でとること」というアドバイスが根底にあると言えるのではないか。

 単に「天才植物学者と彼を支えた妻の内助の功の話」になりかねない物語を、それぞれの「冒険」を共に楽しみながら生きた「八犬士」のような2人の物語として描いた本作は、幕末から明治・大正・昭和を駆け抜ける物語でありながら、令和の価値観を色濃く反映した、実に興味深い朝ドラとなった。また、もう1人のヒロインと言える、綾の酒造りの夢と、彼女が長年抱えてきた呪いであるところの「おなごが蔵に立ち入ったらいかん」という「根拠のない迷信」からの解放とその先の希望を鮮やかに描いたこともまた、秀逸だった。

 後半パートの物語の中枢を担っていた「長屋」が関東大震災という史実上の大きな出来事を描く過程において、完全に崩れ去った。演劇的に言えば「屋台崩し」とも言える。その後、第125話で、寿恵子のかつての「妄想」通り「東京で一番賑やかな街」になったはずの渋谷の不穏な変容が、「勝利」の言葉に戸惑う寿恵子の表情を通して描かれた後、夫婦の前に広がるのは、一面の、無限の可能性に満ちた大地だ。「ねえ、万ちゃん。思い描いてみて」という言葉の先に、第114話における「好き勝手妄想するんだよ。何があれば幸せになれるかって。で、元気がでたら、やれそうなことを1つずつ」というりんの言葉が浮かぶ。最終週、練馬の地を新たに物語の中心に据えて、万太郎と寿恵子の、さらなる冒険の旅が始まろうとしている。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『らんまん』【全130回(全26週)】
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:神木隆之介、浜辺美波、志尊淳、佐久間由衣ほか
作:長田育恵
語り:宮﨑あおい
音楽:阿部海太郎
主題歌:あいみょん
制作統括:松川博敬
プロデューサー:板垣麻衣子、浅沼利信、藤原敬久
演出:渡邊良雄、津田温子、深川貴志ほか
写真提供=NHK

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