前田敦子が演じ分ける『ウツボラ』の謎めいたふたり 唯一無二のアイドルから異端の俳優へ

 謎の死を遂げた朱と、彼女に瓜二つの妹・桜(前田敦子の1人2役)。ふたりにはそれぞれ秘密があるようで、人気作家・溝呂木舜(北村有起哉)は朱が亡くなった後も、この姉妹に翻弄されていく……。

 サイコサスペンス『ウツボラ』の原作は中村明日美子の漫画である。黒髪ロングの朱と黒髪ボブの桜。両者に共通するのは、ウツボラーー空洞という感じの大きなブラックホールのような瞳である。線で象られた人形のように虚無的なムードを前田敦子が貫禄十分に演じている。そういう個性をそのまま作品に差し出すのは比較的容易だが、前田はその個性に技術が積み重なっている。

 朱と黒髪ボブの桜はそっくりの外観ながら、どこか違う。だが、もしかして同一人物なのではないかという疑惑もふと沸いてくる。溝呂木はふたりの女性に体温の違いを感じとるのだが、物語としては、朱と桜は同一人物ではないのかとか入れ替わっているのではないのかとかあれこれ考察することが楽しみなので、わかりやすくふたりに変化をつけてしまうと楽しみが半減してしまう。その点、前田はほどよく同じような、ほどよく違うような、曖昧な間を絶妙にたゆたっている。まったく違ったふたりを演じ分けるよりも、謎めいたふたりを演じ分けるのはなかなか難しいだろう。

 肝になる曖昧さには彼女が発する声も貢献している。ウィスパーボイスだが、歌手でもある前田だからこその技術を感じる。ぽつりぽつりと語る儚げなささやき声は、プロのピアニストの弾く小さい音のようだ。技術のあるプレイヤーであれば、小さい音にも正確さや強さが残る。その声音は、朱と桜というふたりの女性が一見、人形のようでいて、強固な何かをもっていると感じさせる。だからこそ溝呂木は振り回されていくのだ。

 ベテラン作家の溝呂木は出版社のパーティーで知り合った朱の作品を自分の作品として世に出していた。が、朱が謎の死を遂げたため、続きが書けない。と焦ったところ、桜がその続きの原稿を持っていた。

 中年の溝呂木は、朱や桜の若い女性性に溺れているのか、それとも才能にしがみついているのか……。

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