「映画の主役は“音”そのもの」『擬音 A FOLEY ARTIST』監督に聞く、台湾映画史と音の歩み

 11月19日から公開される台湾のドキュメンタリー映画『擬音 A FOLEY ARTIST』は、映画ファンなら必見の作品だ。

 本作は、映画のフォーリーサウンド職人を捉えた作品だ。台湾映画界の生きるレジェンドと呼ばれるフォーリー・アーティストであるフー・ディンイー氏の仕事ぶりと過去に迫る内容で、映画にとって音がいかに重要か、音の奥深さに迫る内容となっている。

 フー氏は、1975年に中央電影公司に就職。アシスタントを経て音響効果を担うようになる。これまで1000本近い映画やドラマの音響を手掛けており、ワン・トン監督の『バナナパラダイス』やツァイ・ミンリャン監督の『青春神話』、ソン・シンイン監督のアニメーション映画『幸福路のチー』などにも参加している。

 本作のワン・ワンロー監督はこれが長編映画2作目となる。なぜ音の職人を題材に映画を作ったのか、その意図などを聞いた。(杉本穂高)

この映画の主役は「音」

ワン・ワンロー監督

――本作は映画の音響を作るフォーリー・アーティストを題材にしていますが、なぜ映画の音に関するドキュメンタリーを製作しようと思ったのですか?

ワン・ワンロー:映画監督にとって、表現するための武器は2つしかありません。それは映像と音です。私も初めてのドキュメンタリー制作の時に私自身が痛感したことなのですが、映像を作る人は、映像の演出に関してはたくさん研究するしこだわるけど、音の演出は軽視しがちです。実際に私は、最初のドキュメンタリー映画を作った時に、音の演出に対する知識も想像力も足りていませんでした。それが、今回フォーリー・アーティストであるフーさんを取り上げようと思った理由です。フーさんとは元々知り合いだったので、音についての映画ならフーさんに出てもらうのが一番良かったのです。それに音作りの現場はギャップがあって面白いんです。例えば、中年男性のフーさんが女性モノのハイヒールの音を生み出している光景はユニークです。

――本作でフーさんを取材・撮影していく中で、音についてどんなことが学べましたか?

ワン・ワンロー:この映画が台湾で公開された2017年、私は配給会社とどうやってプロモーションしていくかを話し合っていました。その時、宣伝用に新たに音作りの場面を撮影することになったんです。例えば、登場人物が喧嘩するシーンでは服がこすれる衣擦れの音が必要になります。それに、野菜を炒めるシーンがあったとすると、その音はサンドペーパーを床でこすることで作れるのですが、そういったシーンを撮影しました。こうしたやり方は全て、フーさんから学んだものです。

――宣伝戦略に音作りの知識が活きたのですね。本作は本編自体も音にこだわって作っておられると感じました。この映画の音作りはどのように進めたのでしょうか?

ワン・ワンロー:実は台湾でDVDをリリースする際、本作の音響スタッフへの個別取材があったんです。ミックス担当、録音担当、音楽などそれぞれのスタッフは、口を揃えて監督の要求は難しいものだったと言っていました。なぜ彼らがそう言ったのはよくわかります。映画の編集は私が自分で行いましたが、どこに音を入れるのかの考えが最初から頭の中にあったんです。私はこの映画の主役はフーさんではなく、音そのものだと思っています。それ故に、一般的なドキュメンタリー映画のようにリアリズムではない部分もあるので、スタッフは戸惑ったのだと思います。

――確かに、主役は音だというのがよく伝わってくる作品でした。特に映画の冒頭、誰もいない薄暗いスタジオに歩く音やドアを開ける音、水道から水が滴る音などが聞こえてくるシーンは象徴的ですね。

ワン・ワンロー:おっしゃる通りです。この映画の撮影でフーさんの音作りの現場をたくさん撮影しましたが。それらの音作りはフーさんにとって日常生活の一部を成すものです。そうした生活感を音によって効果的に伝える方法を考えました。ここのシーンでは映像には動くものは映っておらず、写真のようでもあります。そこに音を入れることによって画面が生きてくるので、こういうシチュエーションなら観客は音に注目すると思ったんです。

――インタビューパートなどでも、丁寧に服の衣擦れの音が聞こえてきますけど、これらの音は作って加えたのですか?

ワン・ワンロー:そのアイディアもポストプロダクション段階で出ました。フーさんに完成映像を観てもらって音を作ってもらうというものです。しかし、この映画の予算は、わずか180万台湾ドル(約810万)という低予算でしたから、実現できませんでした。ですので、この映画は基本的に現場で収録した音だけを使っています。ご指摘のインタビューパートの衣擦れの音なども現場で録った音なんです。幸い撮影素材はたくさんありましたから、現場で収録した映像の他、フーさんが撮影中に作った音などもたくさんあったんです。問題はそれらの膨大な素材をどうやって活かすかでした。この作業はとても大変で、半年間の編集作業は、1人で穴にこもって素材を格闘するような毎日でした。今、同じことをやれと言われてもできる自信がありません。それくらい大変な作業だったんです。

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