『沈黙のパレード』の挑戦的な演出 ミステリー作品の定型に収まらない描写の素晴らしさ

 東野圭吾原作のTVドラマ『ガリレオ』の映画版第3作にして、9年ぶりの新作となった『沈黙のパレード』。スクリーンで久しぶりに、科学で難事件を解き明かす学者・湯川学を演じる福山雅治が「実に面白い……!」と声をあげ、柴咲コウ、北村一輝ら演じる刑事とともに、ある殺人事件の真相に迫っていく内容だ。

 福山雅治らキャストのファンだったり、東野圭吾の小説のファンであれば、一も二もなく映画館に駆け込むだろう本作『沈黙のパレード』だが、この文章では、べつにそうでもない人や、上記のようなファンであったとしても、新しい視点でもう一度内容を楽しめるように、それ以外の“面白さ”について、見どころを書いていこうと思う。

 さて、その“面白さ”とは何なのか。本作は、地域の秋祭り会場で開かれた“のど自慢大会”で、女子学生・並木佐織(川床明日香)が聴衆に向けて、平原綾香の「Jupiter(English Version)」を歌い出すところから始まる。極度の緊張から歌い出すタイミングを逸してしまった佐織は、バンドや聴衆に何度も謝り、もう一度、演奏を初めからやり直してもらう。その微笑ましい姿に笑い声も起こっていた会場の雰囲気だったが、彼女の見事な歌声が流れ出すと、聴衆は一様に息を呑んで鎮まるのだった。

 その「Jupiter(English Version)」をBGMに、本作は、並木佐織の生い立ちや、歌手としての将来の才能を認められるも、父親の反対にあったり、一方で恋人ができたり、デビュー寸前までこぎつけながら突然の死を迎えてしまうという、彼女の短い一生を簡潔に描いていく。

 悲惨なラストを除けば、まるで「NHK連続テレビ小説」のダイジェストのような内容なのだが、これが非常によく出来ている。そして前述したように、『SING/シング 』(2016年)のクライマックスで、引っ込み思案の少女が歌い出すことで自信を勝ち得ていくシーンを連想させる、並木佐織が歌い出す瞬間の描き方もまた素晴らしい。ちなみに原作では、この箇所は事件の被害者の物語として、比較的オーソドックスに描かれ、佐織は小学4年生で秋祭りのど自慢大会に出場し、セリーヌ・ディオンの「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」を歌って喝采を浴びて以来、毎年出場しているという設定となっている。本作では、そこを改変し、のど自慢大会を盛り上がりのピークとして映し出すのである。

 なぜ、この映画版の描写が素晴らしいといえるのか。それは、この脚本と演出が、殺人事件を描くミステリー作品の定型に収まっていないからだ。「サスペンスの帝王」アルフレッド・ヒッチコック監督は、自作のスパイ映画において、スパイが盗み出した機密書類が、じつは偽物だったという意外な展開を用意した。しかし監督は、そこで観客を驚かせるには、偽物だということを気づかせてはならない考えたのだという。そこで、彼はあらかじめ書類を盗み出すシーンに仕掛けを施した。番犬の警戒を突破しなければならないという試練をスパイに与えたのだ。順調にものごとを進めていくだけでは、その先に落とし穴が待っていることを、サスペンスに慣れている観客に意識させてしまうのである。

 その意味において、本作の被害者となる少女の試練を、あえて描いたのは、このような方法を応用し、観客の心理をコントロールする意図があったのだと考えられる。彼女がただ幸せなだけではなく、苦労を重ねた後に道を開いてきた少女だったということを見せることで、観客は彼女の死に衝撃を受け、よりいっそう遺族の悲しみに心を寄せられるようになるのだ。

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