『カムカムエヴリバディ』当時の映画シーンとは 錠一郎が「棗黍之丞」に心動かされた理由

 そもそも、『妖術七変化』、そして主人公の棗黍之丞を演じるモモケンこと桃山剣之介と錠一郎の立場は同じである。両者とも、磯村という評論家、つまり第三者からジャッジされ、批判されているのだ。“月”と形容して持ち上げておきながらも、トミー(早乙女太一)の方が圧倒的とこき下ろされてしまった錠一郎。落ち込む彼の気分転換のためにも観に行った映画が『妖術七変化』だった。そして、なにより黍之丞のあるセリフに彼のホットドックを食べる手が止まる。

「暗闇でしか 見えぬものがある」
「暗闇でしか 聴こえぬ歌がある」

 ここで回想されるのは、戦争孤児になった頃の自分の記憶。彼はずっと、“暗闇”の中にいた。トミーと違って、環境に恵まれることなく孤児としてある家のレコードから流れる「On The Sunny Side Of The Street(サニーサイド)」を窓から盗み聞きしたのが一番古い記憶だという。そして潜り込んだクリスマスパーティ。ジャズのおじさんたちに連れて行ってもらった喫茶。両親も亡くし、何も持っていなかった、未来なんて見えない暗闇の中で育ってきた錠一郎だからこそ聴こえた歌。それがあの時流れてきた「サニーサイド」であり、彼が初めて見えた一寸の光だったのではないだろうか。

 自分の最大のライバルであり、評論家にも絶賛されていたトミーは英才教育を受けてきた、正反対の環境下にいた人物。そんな彼に勝つなんて、“支離滅裂なストーリー”かもしれないし、挑む自分は“荒唐無稽な人物”かもしれない。それでも、目の前のスクリーンで黍之丞はただ敵に立ち向かっていく。その姿に自分を重ねた錠一郎は映画を観終わった後も、半券をずっと真剣そうに見つめていた。そして、顔を上げてこう言う。

「勝つよ」
「サッチモちゃんのために戦うよ」

 その戦いは、初めて「サニーサイド」を聞いた時に感じた、“これから自分が歩いていく道は、明るい光に照らされている”という予感を実現させるための戦いだった。思い浮かべる日向の道にはるいもいる。傷について深く聞かなかったが、彼も彼女が苦労してきたことを察しているはず。そんな2人が日向の道を、手を取り合って歩むための一世一代の戦いに錠一郎は挑んだのであった。コンテストでトミーと決着をつけるために行ったセッションと重なって、『妖術七変化』のクライマックスが流れる。先述の通り、どんな駄作にだって良いところはある。磯村がこの戦いを「日本映画史上類を見ない圧巻の立ち回り」と評するナレーションが重なって流れる。時代劇でアクションが最高なら、最高傑作じゃないかと思ってしまうものだが。

 映画では黍之丞が最後、虚無蔵を打ち負かす。セッションが終わった後、トミーは多くの声援を受ける。しかし、錠一郎にとっては、ただ“サッチモちゃん”がそこで見て拍手をしてくれていたらよかったのだった。果たして、結末は映画の通りになるのか。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:上白石萌音、深津絵里、川栄李奈ほか
脚本:藤本有紀
制作統括:堀之内礼二郎、櫻井賢
音楽:金子隆博
主題歌:AI「アルデバラン」
プロデューサー:葛西勇也・橋本果奈
演出:安達もじり、橋爪紳一朗、松岡一史、深川貴志、松岡一史、二見大輔、泉並敬眞ほか 
写真提供=NHK

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