『カムカムエヴリバディ』るいの額の傷が突きつける過去の呪縛 初デートはほろ苦い結末に
風が吹き払ったのは前髪、それとも幸福な未来をつかむチャンスだったのだろうか? るい(深津絵里)が失意のどん底で目にしたのは、謎めいた“宇宙人(オダギリジョー)”の素顔だった。
『カムカムエヴリバディ』(NHK総合)第42話。竹村クリーニング店に片桐(風間俊介)がやってくる。るいとの会話。「今日もO・ヘンリー?」。片桐は傍らに置かれた文庫本に目を留める。るいは、お気に入りの『善女のパン』のあらすじを話して聞かせる。「おもしろいなあ」と拍手した片桐。「そんな皮肉な話を『お気に入りや』って言えるあなたがおもしろいと僕は思います」。それとなく、るいに好意を示した。
1962年、大阪。18歳のるいは片桐と『椿三十郎』を観に行く。出番のなかったワンピースは、この日のために丁寧にアイロンがかけられた。めかしこんで、弾むような足取りで、新しい映画の興奮も冷めやらぬまま、大通りを連れ立って歩く片桐とるい。「よかったら、もうちょっと話がしたいなあ思て」。食事の誘いをるいは一も二もなく承諾し、2人の仲も深まっていくかと思われたその時。
突然吹き込んだ一陣の風が、るいの前髪を払いのけ、額の傷をあらわにした。はっとして額を押さえるも、時すでに遅し。明らかにうろたえている男の顔をそっと窺い、おずおずと目を逸らす。何事もなかったかのように取りつくろう片桐に「帰ります」と言って別れを告げた。うなだれて地面に手をつくるいは、みじめさに満ちていた。まるで『善女のパン』のミス・マーサのように。
るいの前髪は過去を覆い隠すベールだった。知らない場所で、知らない人たちとまっさらな気持ちで生きていけると、るいは思っていた。しかし、それが勘違いであることを額の傷は容赦なく突きつけた。『善女のパン』のミス・マーサは客が何をしている人か知らない。けれども、知らなかったからといって彼女の過ちは許されない。自分の過去を忘れようとしたるいは、手痛いしっぺ返しをくらった。るいとミス・マーサの失敗は、真実をやり過ごそうとしたことだ。
こんなことになるなら、いっそ何もしなければよかった。ホテルの面接から抜け出した時のように。毎日地味な服を着て、夢など見ず、都会の片隅で人目を引かずに暮らせばいい。だが、本当にそうなのだろうか? 過去を忘れてしまっていいのだろうか? るいは母・安子(上白石萌音)がいなくなった理由を知らない。いずれるいもその事実と向き合わなくてはならない。