田中哲司、松田龍平、笹本玲奈、石橋静河が悲喜劇を展開 現世と重なる『近松心中物語』

 長塚圭史が演出を手がける舞台『近松心中物語』がKAAT神奈川芸術劇場にて上演された。田中哲司、松田龍平、笹本玲奈、石橋静河を中心に、個性あふれる総勢19名の俳優が集い、元禄時代を舞台とした豪華絢爛な演劇作品を立ち上げている。時代劇にして悲しき恋物語である本作の音楽を担当しているのは、ラップグループ・スチャダラパーだ。

 『近松心中物語』は、戦後を代表する劇作家・秋元松代による代表作。近松門左衛門の『冥途の飛脚』をベースとし、関係性も境遇も異なる二組の男女の恋と、社会からの逃避行、そして「心中」するまでが描かれる。1979年に故・蜷川幸雄の演出によって初演されて以来、1000回以上も上演されてきた。日本の現代演劇を語るうえで欠かすことのできない作品だ。

 舞台は元禄時代の大阪・新町の遊郭街。マジメで廓遊びとは無縁な生活を送っていた飛脚宿亀屋の養子・忠兵衛(田中哲司)は、ひょんなことから遊女・梅川(笹本玲奈)と出会い、たちまち2人は恋に落ちる。ところがある日、とある大尽から梅川に身請け話が。マジメだけが取り柄の男である忠兵衛は、愛する者のため、一世一代の行動に出る。金策のため、幼なじみの古道具商傘屋の婿養子・与兵衛(松田龍平)に恥を忍んで金を借りに行くのだ。幼なじみの一世一代の頼みとあって、お人好しの与兵衛は快く受けてしまうが、この金は与兵衛が身を置く店の金。彼に熱い愛情を注ぐ妻のお亀(石橋静河)は大して問題視しないが、与兵衛は婿養子の身であり、このままでは大変マズい。しかも、手付金を払った忠兵衛と梅川のもとには、大尽から追加の身請けの金が届いてしまう。これでは八方塞がり。こうして、それぞれの“決断”のもと、忠兵衛と梅川、与兵衛とお亀は逃避行を余儀なくされ、やがて愛する人を想うあまり「心中」の道を選ぶことになるのだ……。

 さて、あらすじについての記述がどうしても長くなってしまったが、ここまで記せば、本作が時代劇でありながら、いまの世との重なりを感じずにはいられないものとなっていることが分かるだろう。その最たる部分が、やはり格差の問題だ。格差が障壁となって、男女の仲を引き裂こうとする。果ては彼らを「死」にまで至らしめてしまう。もちろん格差とは、経済の問題だけにとどまるものではないだろう。彼らは愛を成就させるために「心中(自死)」を選ぶが、“選択肢”を奪われてしまった人間に残されているものは、いつの時代もごくわずかに限られているのかもしれない。そう考えるとやりきれなくなってくるが、この作品は暗く悲哀に満ちているばかりのものでもないのだ。

 てっきり壮大な“悲劇”が展開するのかと思いきや、それだけにとどまらないのが『近松心中物語』の妙味である。シリアスシーンとコメディシーンが交差する構成となっていて、観客は悲劇と喜劇を繰り返し目撃することになる。これを舞台上で体現しているのが、忠兵衛と梅川を演じる田中哲司&笹本玲奈コンビと、与兵衛とお亀を演じる松田龍平&石橋静河コンビというわけだ。前者が“悲劇”を、後者が“喜劇”をそれぞれに背負い、対照的なカップル像を立ち上げている。

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