『きれいのくに』が異色のファンタジーになった理由  脚本&制作統括に聞く

 『きれいのくに』は、春クールドラマ最大の問題作だ。放送されているのはNHKのよるドラ枠。土曜23時30分~23時59分から月曜夜22時45分~23時15分に時間帯を移動して初めての作品だが、今までと同様、いや、これまで以上に先鋭的な表現が、次から次へと展開される尖った作品となっている。

 物語は43歳の恵理(吉田羊)と夫の宏之(平原テツ)の夫婦の物語から始まり、第3話の途中から高校生5人の物語へと視点が切り替わる。1話ごとにストーリーや主人公が変わっていく本作はジャンルも一言ではうまくいえないものだ。

 あえて定義するならばSFやファンタジーといった国内ドラマでは珍しいジャンルに属すのかもしれないが、こういうドラマだろうと思って観ていると、次々と裏切られていくため、最終的にどこにたどり着くのか、全く想像ができない。

 同時に本作は説明的なシーンが少ないため、すべて台詞で説明するわかりやすいドラマに見慣れていると、初見では何が起きたのかわからず面食らってしまう。しかし、これが逆に心地良い。わからないからと、二度三度と繰り返し観ているうちに、一見何気ないやりとりに見えた会話や映像に深い意味があったことに気付き、作品世界にどっぷりとハマってしまう。

 脚本は『平成物語』(フジテレビ系)や『俺のスカート、どこ行った?』(日本テレビ系)といった作品で知られる加藤拓也。制作統括は連続テレビ小説『あまちゃん』(NHK)や大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』(NHK)といった数々の傑作ドラマを手掛けた訓覇圭。

 果たして『きれいのくに』はどのような経緯で生まれたのか?(成馬零一)

集中して観てみもらえる作品に

―― 『リモートドラマ Living』や『JOKE~2020パニック配信!』など、昨年から訓覇圭さんが制作されている作品はSFテイストのものが続いていますが、テレビドラマでSFをやることの意義について、どのようにお考えでしょうか?

訓覇圭(以下、訓覇):たまたまなんですけどね。日本のテレビではあんまりやってこなかったことを、今のような時代だからこそやってみたいと思いました。完全なSFやファンタジーというわけではないのですが「大きな設定の話」がやれたらいいなという話を加藤さんに提案しました。加藤さんは元々、人間を描く際に小さな物語を大事に描く方でしたので、そこに大きなものを繋げるとしたら、どういった話が作れるのかという提案に対して、3つのアイデアをいただいて、その中から『きれいのくに』に決まったという感じです。

加藤拓也(以下、加藤):元々、演劇で書いていた話が、大きい物語の中にある小さな個人の話でした。昔は、地震や津波といった人間の力ではかなわないものから心の安定のバランスを保つために神話などのいわゆる「大きな物語」を信じることができたと思うんですよ。対して、現代を生きる僕たちは、大きな物語を信じても地震や津波を防げる訳でもないので信じること自体が非効率、特に若い世代になるほど「大きな物語」を信じることができなくなっていっていると思っています。ですが、コロナ禍の世界になって、例えば陰謀論のような、わからないものと戦い心の安定を図るために、自分の理解できない現象を、自分の理解できる大きな物語に落とし込む作業を多くの人がやるようになってきている。

―― コロナ禍による時代の変化が、物語の中に反映されているということでしょうか?

加藤:コロナ禍の状況を見て、やはり大きな物語を信じるということが可能なのだと、はっきりとわかってきたという感じですかね。若者世代でも大きな物語を楽しむことができることがわかったので、物語を楽しむための助走期間として小さな物語からはじめて、そこから大きな物語に展開していくという構成で書きました。

―― 映像作品として何度も見直しているとわかってくるのですが、なんとなく台詞を耳で追っているだけだと、見逃してしまうことが多くて。正直に告白すると吉田羊さんが演じる恵理の年齢が変わって蓮佛美沙子さんに変わった時に、名字が変わったことの説明がなかったので「別人だ」と思ってしまいました。ですので、第1話のラストでショックを受けた後、最初から見直しまして、すると何気ないやりとりの中に伏線がたくさんあったことがわかってとても驚きました。程よく説明していない感じが心地良いんですよね。だから何度も見返してしまう。

加藤:最近は、ドラマや映画を1.5倍速で観る人が多いといった記事も出ています。そういう見方を全て否定はしないのですが、僕は普段1.5倍速で見る用のものを作っているわけではないので、そうやって観るとわからなくなるだろうなと思いました。「1.5倍速で観る人のために作っているわけじゃない」ということを訓覇さんには最初に話して、同意していただきました。

訓覇:ご飯を食べたり洗い物をしながら、映像に集中しなくても観られる作品を作るとなると、どうしても台詞説明が多くなっていくものですが、『きれいのくに』に関しては「集中して観ないとダメな作りでもいいですか?」と加藤さんから聞かれて「いいですよ」と答えました。そこは「よるドラ」だからということはありますね。ですので、今回は集中して観るものにしようと思いました。

―― 『きれいのくに』は、主人公も物語も流動的で第3話でほとんど別の話に変わってしまいます。日本のテレビドラマで展開するには、勇気のいる大胆な構成だと思うのですが、この話をやる上で、覚悟のようなものはありましたか?

訓覇:「よるドラ」で作ることで、新しい表現を見つけられたらいいなと思いました。攻めたドラマを作ってきたコンセプトのはっきりとしたドラマ枠だったので、そこに思いっきり心を寄り添わせました。今回は今まで自分がドラマを作ってきた経験の中で「無いよなぁ」ということを、一番大事にしようと思って、だから毎回「えぇ!」って感じですよね。

―― はい(笑)。

訓覇:この歳ですが新しいことに挑戦したい。新しい表現が生まれたらいいなと思っていたので。いまだにそれが良いことなのかはわからないですけど「勇気がいりますか?」と聞かれたら、勇気のいることですよね。

―― 大胆な作品だと思います。

訓覇:心を麻痺させないとできないです(笑)。

加藤:基本的なルールというものが正直よくわからなくて。だから逆に「なんであかんのやろ」って感じで。