『少年寅次郎』も岡田惠和ワールド全開! 井上真央にとっての30代の代表作になる予感
『おひさま』の陽子の延長線上にいるような女性
そんな寅次郎を優しく見守っていたのが井上真央演じる光子なのだが、見ていて思い出すのは、岡田惠和が井上真央主演で書いた連続テレビ小説『おひさま』だろう。2011年に放送された本作は戦前・戦中・戦後の昭和を舞台にした作品で、井上が演じたのは後に国民学校の教師となる須藤陽子。
5歳から子役としてキャリアをスタートした井上は現在32歳。『キッズ・ウォー』シリーズ(CBC・TBS系)で大きく注目され、学園ドラマ『花より男子』(TBS系)のヒロイン・牧野つくし役で大ブレイクを果たすという充実した10代を過ごした。『おひさま』は井上が24歳の時に出演した作品であり、10代から続いた明るく強気な痛快少女路線から、母親役も演じられる大人の女優へとステップアップする好機となった作品である。
放送当時、「私は陽子。太陽の陽子です!」というキャッコピーが使用されたが、どこか朝ドラヒロインになりきれない自信なさげな印象が最後まで存在したのが陽子の面白さだった。
太陽の陽という文字が名前にあるが、それは決して、神々しい輝きではなく、おだやかなひだまりのようなものだ。それこそ『おひさま』というタイトルに象徴されるやわらかなあたたかさがあり、『花より男子』の印象が強かった井上が、こういう役を演じられるのかと驚かされた。
陽子は高等女学校時代に知り合った筒井育子(満島ひかり)と相馬真知子(マイコ)と三人でいることが多かったのだが、行動的で変わり者の育子と資産家のお嬢様の真知子の方が朝ドラヒロイン的で、そんな二人の間に挟まれて“こまったなぁ”という顔をしている陽子は、真面目で優しいことだけがとりえのいたって普通の女性だった。
そんな彼女が国民学校の教師となり、軍国教育に加担し子どもたちに対する加害者性を持ってしまうことが『おひさま』の陽子の複雑な人物像なのだが、この難役を井上は見事演じきり、大人の女優へと脱皮していったのである。
今回の『少年寅次郎』の光子は、陽子の延長線上にいるような女性だ。
愛人の子供を育てる善意はあるが、強い意志を持った勝ち気の女性ではなく“しょうがないなぁ”と半分諦めたような優しい表情で受け入れる母親である。一方で、ダメな夫をうまくハンドリングしていくしたたかな部分もあり、決して世間知らずのお嬢さんではない。その意味で彼女もまた陽子のように強い日差しではなく、日だまりのような女性である。
おそらく本作は、井上にとって30代の代表作となるだろう。
■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。
■放送情報
『少年寅次郎』
NHK総合にて2019年10月19日(土)よる21時〜
出演:井上真央、毎熊克哉、藤原颯音、泉澤祐希、岸井ゆきの、山時聡真、山田真歩、きたろう、石丸幹二 ほか
原作:山田洋次「悪童 小説 寅次郎の告白」
脚本:岡田惠和
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/drama/dodra/torajiro/