『いだてん』制作の裏側は“もうひとつのオリンピック”だったーーチーフ演出・井上剛の挑戦

演出家との連携「ワンチームで作りたかった」

――複数の演出家さんが参加されていますが、各演出家の連携はどんな形で?

井上:プロジェクトごとにリーダーを決めて動いています。第1クールは僕が引っ張り、第2クールの脚本は一木正惠が殿になって取材をした内容を宮藤さんに投げて、終わり頃に僕が参加するみたいな感じですね。一方、第2クールの肝となるところは大根さんが撮るみたいに、役割が期間ごとに変わっていくんですよ。ある時期には、大根さんに第3クールの脚本の取材に力を注いでもらっている間に僕がたくさん撮っていたり。

――決まった場面、たとえば寄席のシーンは一人の演出家が担当するということでしょうか?

井上:そういう時もありました。普通は一話につき、演出家が一人で担当するのですが、それでやっていると今回は終わらないというのが直感的にわかっていたので、横割りにして「寄席」は誰々が担当、嘉納治五郎さんのシーンは誰々が担当という感じで進めています。

――シーンやキャラクターごとに得意とする演出家が担当するという感じですか?

井上:完全に分けているわけではないですけど、例えばオリンピックの盛り上がる場面では西村(武五郎)に担当してもらいました。オリンピックのシーンは立ち上げるのが大変で、大きなプロジェクトになるので、そこにもう一人プロデューサーに入ってもらい、西村にリードしてもらって、その間に他の演出家には別のことをやってもらいます。

――クレジットでは演出家の名前は1人ですが、実は複数の人が細かく割り当てられてるんですね。

井上:メインは1人ですが、他の誰かが撮っていたりもします。2009~11年に『坂の上の雲』というドラマがありましたけれど、あのような大規模なドラマは、普通は3チームぐらいで撮ります。1年ごとにスタッフが変わっていき、役者は変わらないという形で、そういうやり方もあるのですが、今回はワンチームでやりたかったんですよね。ワンチームの中で役割を変えながらやっていく中で僕ら自身も変化しています。1年半以上撮っていますので何とかで長丁場を楽しめる体制を作ろうと思いました。

――長丁場だと毎回、全力疾走はできないですよね。

井上:ただ、全力疾走させなきゃいけない時もあるので、全力疾走させている間は他の人がバトンを引き取って手伝うという感じですね。手を抜くことができない連中が集まっているので、そういった連携には注意を払っています。

まずは「知りたい」と思った

――今後、物語は戦争へと向かっていきますが、どのように描かれるのでしょうか?

井上:そのものズバリというよりは、スポーツ選手や市井の人々の話を追いかけていたら、そこに戦争が来たという感じですね。シビアな展開が続きます。ベルリンオリンピックで活躍した日本選手たちが1940年の東京オリンピックのために頑張ってたのに、招致がだめになって、戦争に行かされる人もいるという時代になっていくのですが、それも事実を単純に追いかけるだけではなく、これまで積み上げてきたキャラクターたちの関係性の中で描きました。志ん生も満州に渡り、そこで彼が見た戦争も描かれます。同時に五りんくんたちフィクションの人たちが、今までこういう風に描かれてきたが何故かがわかるようになります。そして戦後になり、1964年の東京オリンピックへと向かっていくのですが、田畑がなんでこんなにエネルギッシュに「オリンピック」にこだわってきたのかも理解できて、来年のオリンピックの見方も変わると思います。

――『いだてん』は極力その当時の再現をめざしつつ、当時の人々の気持ちに寄り添っているように見えます。

井上:「知らなかった」というところから始まっている企画なので、現代に生きる自分たちの気持ちを投影するのではなく、まずは「知ろう」とする態度のほうが大事だと考えています。宮藤さんも今風の感じで書かれはいますけれど、メンタリティーとしては現代の視点を被せないような作りになっていると思います。

――近年、史実を基にしたノンフィクション的なアプローチのドラマが増えていると思うのですが、その際に井上さんはどのように、史実と向き合うべきだと思いますか?

井上:それは難しいですね。毎回難しいと思いながら作っています。正解がないですね。これがドキュメンタリーだったらまた違うと思うんですよ。そういう意味でも歴史ドラマをやりたかったんじゃないかなぁと思います。

――一度、歴史と向き合いたかったということですか?

井上:「正しさとは何か」が必要だったわけじゃなくて、まずは知りたかったんです。そして「こんなに面白かったことがあったんですよ」ということを届けたかったんですよね。

――撮影はもうまもなく終わりますが、今、どのようなお気持ちですか?

井上:今はあまり考えないようにしていますね。あと一ヶ月で終わりだと思うと、「やばい」という感じの気持ちの方が大きいですね。

――一番、しんどかったのは、いつ頃ですか?

井上:それは今です。常に今です。これまでもしんどかったですけど、なかなか楽にならないですね。

――やっぱり、『メイキング・オブ・いだてん』が見たいですね。

井上:こういうプロジェクトは二度とないでしょうね。キャストもスタッフもノリが良くて前のめりなので、終わる気がしないですよね。自分でも今までやったことがない長さと密度でドラマを作っています。

(取材・文=成馬零一)

■放送情報
『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』
[NHK総合]毎週日曜20:00~20:45
[NHK BSプレミアム]毎週日曜18:00~18:45
[NHK BS4K]毎週日曜9:00~9:45
作:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
出演:阿部サダヲ、中村勘九郎/綾瀬はるか、麻生久美子、桐谷健太、斎藤工、林遣都/森山未來、神木隆之介、夏帆/リリー・フランキー、薬師丸ひろ子、役所広司
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/idaten/r/

関連記事